奈良先端科学技術大学院大学ではその附属図書館を電子図書館として実現す ることを計画し,1996年4月より運用に入っている.本学の電子図書館で は,「居ながら図書館」,「メディアセンター」,「高度な情報検索」,「ア ラート機能」を新しいサービスとして提供している.本論文では,まず奈良先 端科学技術大学院大学附属図書館の概略を示す.次に運用開始後およそ半年間 での利用状況をまとめ,実際に電子図書館を運用した経験に基づいた考察を行 う.
・一次情報入力システム
スキャナ,CD-ROMジュークボックスなどから構成され,各種形式で提供され る一次情報を電子図書館システムに入力する.提供される一次情報は冊子体だ けではなく,電子的なメディアで供給されるものもある.冊子体の場合にはス キャンが行われ,電子的なメディアの場合は図書館システムの内部形式への変 換が行われる.
・一次情報蓄積システム
ディスク,光磁気ディスクジュークボックス,テープジュークボックスから なる階層的な記憶システムであり,総容量は4TBである.
・検索システム
図書館がもつすべての情報を検索対象とした全文検索機能を提供する.また, 本システムは利用者に対するWWWサーバでもあり,ユーザからの要求に応じて 適切なページを提示する.
・AVシステム
図書館が保有するビデオ情報を電子化,蓄積,送出するためのシステムであ る.システムは,実時間MPEG2ビデオエンコーダ,蓄積のための容量180GBの高 速ファイルサーバ,ビデオ情報を作成するためのスタジオシステムやノンリニ ア編集システムなどから構成される.ディジタル化されたビデオ情報をなめら かに再生するためには広帯域のネットワークを必要とする.
・業務支援システム
附属電子図書館で発生する図書館業務を支援するためのシステムである.
・閲覧−−「居ながら図書館」
附属電子図書館では著作権保有者の了解が得られたものについては,その一 次情報を電子化して蓄積している.このため,検索結果中の文献についてユー ザが閲覧を望んだ場合には一次情報をWWWを用いて提示する.WWWを用いること により,使用する端末の制限を受けることなく附属電子図書館が保有するすべ ての情報にアクセスすることができる.この機能により図書館利用者は,図書 館に出向くことなく居ながらにして文献を閲覧することができる. 図2に閲覧 例を示す
・ビデオ情報−−「メディアセンタ」
これまでの図書館も,いわゆる書籍だけではなくビデオ情報やオーディオ情 報の収集,所蔵も行われていた.本学附属電子図書館では,収集,所蔵だけで はなくそれらAV情報の制作や提示についても積極的なサービスを行う.具体的 には,スタジオやノンリニア編集機を備え,利用者がAV情報を制作する段階か ら支援を行う.また提示についても,附属電子図書館と高速なネットワークで 接続されたクライアントに対してはMPEG2のリアルタイムデコーダを保有する 場合,前述の「居ながら図書館」の機能を実現する.
・検索−−「高度な検索機能」
附属電子図書館が保有する検索可能な情報すべてを検索対象として検索を行 うことができる.検索可能な情報とは,冊子体の二次情報のみならず電子化さ れた一次情報を含む.電子図書館における検索は従来の図書館あるいはデータ ベースによる検索よりも検索対象が広い. 図3に附属電子図書館の検索ページ を, 図4に検索結果を示す.
・報知機能−−「アラート機能」
附属電子図書館では,利用者が予め検索用のキーワードと結果送信先の電子 メールアドレスを登録しておくことができる.夜間,附属電子図書館システム は新規に入力された文献情報に対して登録されたデータを基に検索を行い,そ の結果を電子メールで利用者に送信する.利用者は検索結果の電子メールによ り,自分が必要とする文献が新たに図書館に到着したことを知る.ただし,こ のサービスは学内利用者に限られている.
・その他
附属電子図書館では,従来は書類を作成して行っていた文献の購入依頼や複 写依頼を電子的に行うことができる.この種の機能は電子図書館でなくとも実 現できる機能であるが,電子図書館を構築したことによる副次的な機能である. また,著作権の許諾が得られない書籍については従来型の図書館サービスを行っ ている.
現在,電子化の許諾を得ているものは学術雑誌が88種類,図書が46冊, ビデオが9種である.電子化許諾については出版社ごとに対応が異なっている おり,個別に交渉を行っている.これまでに電子化許諾が得られたのは,出版 社ではエルゼビアサイエンス社,クルーワー社,日経BP社などであり,学会で は電子情報通信学会,情報処理学会,システム制御情報学会などである.
・学内のアクセスは全体の30%弱程度であり,学外からのアクセスは60 %弱,不明が15%であった.これは附属電子図書館が学外に対して開かれた ものであることを示している.
・学外からのアクセスは国内のみならず,国外からもある.国内からのアク セスはor.jpドメインが最も多い.国外からのアクセスはアメリカのみならず ヨーロッパ,アジアからも行われている.残念ながら,現時点では附属電子図 書館は英語での応答を行っていないので継続的なアクセスにはなっていないも のと思われる.英語での応答は早急に解決すべき課題である. (表1参照)
・良質なデータベースとしての電子図書館
現時点では著作権の問題があるため,学外の利用者に対しては一部のものを 除いて一次情報を提示することはできない.附属電子図書館では一次情報を文 字データとしても蓄積しており,これらの情報と二次情報が検索対象になって いる.文献の検索は通常のデータベースでも行えるが,その場合の検索対象は 二次情報のみである.通常の文献データベースと比較した場合データベースと しての質の違いには大きなものがあり,たとえ一次情報が閲覧できなくとも, 学外利用者には有用であると考えられる.
・出版社のショーウィンドウとしての電子図書館
出版社は様々な活動をして利用者に対して雑誌の存在をアピールしている. 附属電子図書館における検索結果に現われた雑誌(論文)は,利用者に対して その存在を知らせることになる.これは出版社の観点からみれば,雑誌の広報 が行われたことになる.
・本と雑誌と論文
これまでの電子図書館にかかわる議論では,本と雑誌,論文の区別が明確に は行われていなかった.確かにあるキーワードでの検索を行う場合,本に対し て全文検索を行ってもその結果は利用者にとっては単なる情報の洪水でしかな いであろう.意味のある結果を得るためには,本の論理的な構造を考慮したも のでなければならない.これに対して,学術論文,とくに科学技術分野の論文 ではその長さは数ページから30ページ位までのことが多く,本に比べると圧 倒的に短い.また,本の主題は複数の話題を含むことが多いが,論文の主題は かなり狭い範囲の一つの話題に限られる.このため,論文を検索対象とする場 合は,論文の構造を考慮する必然はほとんどない.今後の電子図書館の議論の 中では,本と雑誌(論文)を明確に分けて考える必要がある.
なお,奈良先端科学技術大学院大学附属電子図書館のURLは http://dlw3.aist-nara.ac.jp/である.積極的に利用していただいて,ご意見 をいただければ幸いである.
[2]Theme Features "Digital Library Initiative", IEEE Computer, Vol. 29, No. 5, 1996
[3]特集 ディジタル図書館, 情報処理, Vol. 37, No. 9, 1996
[4]Special Section on Digital Libraries : Representation and Retrieval, IEEE Trans. on PAMI, Vol. 18, No. 8, 1996
[5]M. Imai, C. Horii, H. Hada, N. Yokoya and K. Chihara : Design of a Digital University Library : Mandala Library, ISDL 95, pp. 119-124, 1995
[6]今井,羽田,堀井,山口,佐藤,竹村,横矢,千原,嵩:曼陀羅図書館の構築 の試み,電子情報通信学会パターン認識と理解研究会報告, PRU95-32, 1995