それは、大量のディジタル資料(ディジタル図書、ディジタル雑誌)の集積場所(デポ ジトリ)と考えるのが普通であろう。さらに、集積されたディジタル図書に対して索引を 作成し、またその中で相互にリンクを張るなど、これらのディジタル図書に付加価値をつ けることも、その仕事の一部と考えられる。
これらの機能は「資料の置き場としての図書館」の延長上にある。このような機能を、 データベースシステムに関して使われる表現を借りて、私はディジタル図書館の「バック エンド機能」と名付けたい。
一方、図書館の本質的な機能は、利用者の情報へのアクセスを支援すること、安達[1]の 言葉を借りれば「不明確な情報の入手プロセスを実現するためのメカニズム」である。こ のためには、上記のバックエンド機能はもちろん必要であるが、他にも必須の機能がある。 それは、著者[2]がさきに指摘した「ネットワーク・レファレンス・サービス」など、最終 利用者が(主として自館にない)資料を、ネットワーク上でアクセスすることを支援する 様々な機能である。これを、ディジタル図書館の「フロントエンド機能」と名付けよう。
これまでのディジタル図書館に関する議論では、バックエンド機能の議論が大部分で、 フロントエンド機能について論じられることは少なかった。次章以下では、ディジタル図 書館のフロントエンド機能についてよりくわしく論じ、その重要性を指摘したい。
他方、ディジタル図書館のバックエンド機能は、ディジタル出版社の機能と重なる点が ある。ここでディジタル出版社とは(現在も一部の出版社やデータベース・プロデューサ ーが実行しているように)ディジタル図書やディジタル雑誌を商業的に出版し、これらを 有料で流通させていく会社をいう。それには、(現在の技術でいえば)テープやCD−R OMなどの可搬ディジタル媒体にデータベースを記録して販売するか、ネットワーク上で 販売することになる。
典型的なディジタル出版社とディジタル図書館の差は、目標の差といえる。ディジタル 出版社は、ディジタル図書・雑誌の出版・販売による利益を最終目的とし、自社で多数の 図書・雑誌を製作・出版・販売することを目指すが、ディジタル図書館は、自館製作ある いは所蔵に限定することなく、利用者の情報に対するアクセスを支援することを目標とす る。
しかし来るべきネットワーク社会では、大規模なディジタル出版社は当然ディジタル図 書館の機能も有するようになろう。逆にこれらのディジタル出版社が力をつけてくれば、 公共的なディジタル図書館、あるいは研究所や企業に属するディジタル図書館なども、デ ィジタル出版社と連携・契約して、利用者のディジタル出版社所蔵のデータへのアクセス を支援する必要がある。この機能は、ディジタル図書館のフロントエンド機能の大切な部 分であり、社会における情報流通全体にも重要な役割を占めることになると思われる。
2章では、フロントエンド機能について述べる。 これには、
(1)機器・施設・ソフトウェアの提供・管理・更新
(2)教育・案内・利用支援
(3)利用契約・課金徴収・課金一括支払
(4)利用代行・利用機密保護
(5)出力加工・再利用環境提供
等がある。これらの各々について、簡単に説明する。
著者はさきに[2]主として(2)の機能、及びこれを支援するソフトウェアについて論じ た。3章および4章では、それぞれ(3)および(4)を中心に論ずる。(1)および(5) については別の機会に論じることとしたい。
3章では、ディジタル図書館のフロントエンド機能、ことに(3)の機能がディジタル 図書・雑誌の流通システムに及ぼしうる影響を議論し、4章では、データベースにおける 利用の機密保護の必要性と、ディジタル図書館のフロントエンド機能が、この問題解決に 役立ちうる可能性について議論する。
この種の情報機器は急激に安価になり、また広く普及するので、各人がおのおの購入し て使えばよく、管理や提供は必要がないと考えられがちである。たしかに単価は安くなり、 数も増え、利用できる場所や場面も広がっている。しかし、たとえば一つの組織(会社、 学校、官庁、公共施設など)をとってみると、利用者数が多ければ、故障などの問題も増 加し、その管理・提供は組織的対応が必要である。また進歩が速いということは、放置す れば陳腐化も速いことを意味し、常時新しい技術を採用して機器や施設、関連ソフトウェ アの更新をはからなくてはならない。
この問題を解決するには、ディジタル図書館がその利用者のために前もって包括的な利 用契約を結んでおき、最終利用者からあるいは利用者の属する組織から課金を徴収したり、 多数の利用者の分を一括して情報源に対し課金支払を行うことが考えられる。これが表題 の機能である。
会社や学校、研究所、地方公共団体などが運営するディジタル図書館では、この課金の 一部ないし全額を、最終利用者からではなく親組織から支出し、最終利用者には残り部分 を請求するか、全く請求しない(無料アクセスさせる)こともありうる。
しかし一方、本格的なマルチメディア・ディジタル文書の作成には、いかに機器や環境 が整っても、人手と優秀な才能、および時間を要し、費用がかかることは疑いない。これ は、現在のビデオや映画の作成に、あるいはベストセラーや大型辞典の企画・編集に、多 くの資金や人材が投入されていることを見れば明らかである。つまり、良質の情報を発信 するには資金が必要で、これを回収するメカニズムが情報社会の成熟に必須ということに なる(たとえ学術用のディジタル図書といえども、大型のプロジェクトで作られるものに は同じ事情がある。)
そしてこのような、主要な情報源ないし大型の情報源の「有料化」の動きは、将来をグ ローバルに見る限り、不可避といえよう。これらの情報は、ディジタル出版社によって作 成され、ネットワークにおかれる。ディジタル出版社はこれに対して、前もって有料で契 約した利用者に限ってアクセスさせたり、あるいは一般利用者にアクセスさせるが、アク セスごとに購読料を徴収するPay per Viewの方法で販売することになろう。
ディジタル図書館がこのプロセスの外に止まる限り、将来の情報流通にはマイナーな役 しか果せないだろう。そして、各利用者の有料情報に対するアクセスは、各自ばらばらに 情報源(多くはディジタル出版社)に対して行われるか、あるいは情報源が可搬媒体でデ ータベースを売り切りにすれば、図書館がこれを購入して個々にサービスする、という程 度に止まる。
これに対し、ディジタル図書館が上記のように、
(A)利用者のために前もって多数の情報源と包括的な利用契約を結んでおき、最終利用 者が個々に情報源と契約しなくてすむようにする
(B)最終利用者自身からあるいは利用者の属する組織から課金を徴収する。あるいは、 課金支払いに当てる予算を前もって確保しておき、利用者への課金を軽減したり、無料に する
(C)多数の利用者の分を一括して情報源に対し課金を支払う
などの方法(フロントエンド機能)で、ネットワークを介する最終利用者の有料情報源へ のアクセスを援助することになれば、これを通ずる情報流通が促進され、ディジタル図書 館がディジタル図書・雑誌の社会的流通に大きな役割を演ずることになろう。
これらのフロントエンド機能のどれを、どこまで実現するかは、ディジタル図書館がど ういう組織に属し、どのようなサービスを提供しようとするかに依存する。たとえば地方 公共団体では、年間予算の範囲に限り、利用者一人当りの上限を定めた上でいくつかの有 料情報源を無料利用できるようにする、あるいは無駄な利用を防ぐため、最終利用者に一 部負担させる、などの方法があろう。会社などでは、最終利用者には負担させないが、そ の所属部署からディジタル図書館部門への社内予算を移転する、などの方法が考えられる。 もちろん、情報源からの課金を最終利用者に直接賦課したとしても、利用者にとっての利 便性は残り、利用が無くなるわけではない。
学術情報に限らず、雑誌や新聞の記事、あるいは定数表や統計数値であっても、ある分 野を覆うような巨大データベースや、世界中にそこだけしかない特殊なデータベースを持 っていると、それに対するアクセスを調べるだけで興味ある情報が得られる。個人の場合 も、ある利用者がどんな情報に、どうアクセスしているかを系統的に知れば、その人とな りや興味、その利用者の将来の行動などが想像できよう。アクセスに関する知識が系統的 でなくごく一部であっても、情報の種類(たとえば性的なもの、思想的なものなど)によ っては、アクセス主体の特殊な興味や、特異な性向を推し量ることができるかもしれない。
これまでの社会で、情報源へのアクセスはいろんな意味で限定されたものであった。ま ず必要な情報が蓄積されていなかったり、整備されていないため、もともと誰にもアクセ ス不能なことが多かった。また情報が存在しても、それに対するアクセスが困難だったり、 高価だったり、特権的なごく一部の人に限られたりすることも多かった。世界の情報化と ともに、情報はネットワークを介して多くの利用者に開かれるようになった。
しかし一方、在来の情報アクセスでは、たとえば図書や雑誌のように、流通過程を経た 後に最終アクセスがなされることが多く、この場合、情報源から直接には最終利用者がわ からない。また情報源が分散しており、ある事柄についての情報全部を一つの所で調べる ことは困難であった。これは、アクセスする側にとっては苦労なことであるが、情報源が 情報アクセス者に関する情報を独占することを不可能にする効果はあった。これに対して ネットワークでは、情報源が直接に最終利用者にサービスし、利用状況をすべて観察する ことが可能になった。
このような利用情報が、情報源に独占されれば、利用者(個人あるいは団体)の権利が 侵されるおそれがある。またもし情報源が良心的にその情報を収集せず、あるいは収集し ても悪用しなかったとしても、第三者が(たとえば情報源へのアクセストラフィックの傍 受によって)この情報を得て、利用者の権利を侵す可能性はある。これらの不都合を防止 するには、利用者と利用のしかたを関連づける情報(利用情報)を秘匿するメカニズムが 必要である。
多くの図書や雑誌を一ヶ所に集めている図書館では、一ヶ所だけでも、ある事柄につい て相当の情報を得ることができる。ここで利用情報を精査できれば、利用者についての情 報が得られる。しかし図書館では、利用者に関する情報の保護が伝統となっていて、これ を第三者に漏らすことは厳しく制限されている。ネットワーク上の情報サービスにおいて も、フロントエンド機能の一つとして、ディジタル図書館が利用情報保護の役割を果すこ とが可能と思われる。
具体的には、たとえば情報源アクセス用の仮のIDを発行し、利用者に関する詳しい情報 を情報源から秘匿するなどが考えられる。ただしそのためには、利用者の不正行為(たと えば許可のない情報の再利用)や料金不払などをなくし、情報源の必要な利用に関する統 計情報を供給する、情報源やデータベースに関する知識を利用者の間に普及させるなど、 情報源からみたメリットも必要であろう。さらに、利用者からの信頼を得るためには、利 用情報保護についての職業倫理の確立、関連法規の整備なども必要と思われる。また、こ の機能と公序良俗の保持、犯罪捜査の便宜、未成年者の保護などとの関連についても、十 分な議論が必要であろう。
ディジタル図書館は、在来型の図書館と異なり、フロントエンド機能とバックエンド機 能が、同一場所あるいは同一機関に存在しなければならない必然性はない。むしろ、大規 模なバックエンド機能を誇るディジタル図書館は、きめこまかいフロントエンド機能を発 揮することが困難であり、フロントエンド機能はより利用者に身近な小規模のディジタル 図書館に依存することになると思われる。
ある意味で、上に論じたフロントエンド機能は現在の図書館の(理想的な)機能の延長 線上にあるといえる。もちろんこれは、現在の図書館が努力なしでそのまま自然にフロン トエンド機能を獲得し、ディジタル図書館になり得るという意味ではないけれども。
[2] 山本 毅雄、「電子図書館員の仕事とその道具」 ディジタル図書館 No. 1, p.29- 37(1994).