デジタル図書館と著作権

名和 小太郎
新潟大学法学部
〒950−21 新潟市五十嵐二の町8050
tel:025-262-6545 fax:025-262-6535 email:kota@hle.niigaya-u.jp

概要

 デジタル図書館を実現するためには、著作物のデジタル化について、また図書館におけ る著作物処理について、現行制度に大きい制約がある。とくにハイパーテキスト型のデジ タル図書館を実現するためには、著作権法の基本的枠組みについて、大きな変更を加える 必要がある。

Digital Library and Copyright Law

Kotaro Nawa
Faculty of Law, Niigata University
8050 Ikarashi-Ninocho, Niigata City 950-21, Japan
tel:025-262-6545 fax:025-262-6535 email:kota@hle.niigaya-u.jp

Abstract

Traditional regime of copyright law will be flawed for digital library, because the regime does not apply to digital works which are manipulated as hypertext and distributed through telecommunication network and it does not approve the compulsory license which guarantees digital library privilege to digitizing traditional works and to transfer the digitalized works via telecommunication network as interlibrary loan.

Keywords

copyright, digital library, ECMS, fair use, government document, hypertext, Xanadu

1 はじめに

 この小論では、第1に著作物のデジタル化に対して、第2に図書館のデジタル化に対し て、それぞれ現行著作権制度の制約について述べ、ついで接近法を逆転し、すでに提案さ れているデジタル図書館構想が現行著作権法に対してどのような変革をもたらすかについ て示す。

2 著作物のデジタル化と著作権制度の変質

 デジタル型著作物は、非デジタル型著作物に比較してつぎの特徴をもつ。第1に複製さ れやすい。第2に多数者に伝送されやすく、多数者からアクセスされやすい。第3に操作 と改変をされやすい。第4に本質的に等価である(ビット列として記録される)。第5に ツールを持たないユーザーはアクセスできない。第6にソフトウェアによって新しいリン ク行為ができる。いっぽう、複製装置はその電子化とともに低廉化し、その保有は著作権 者による独占から解放され、ユーザーへと拡散した。この2つの傾向によって、デジタル 著作物の著作権管理は困難な環境になってしまった。

 現行の著作権制度は、著作権の利用と著作物の使用とを区別し、前者の管理によって権 利者を保護しようというものである。著作権の利用者は、出版社、映画制作者、レコード 会社など、特定できるものであり、これらの権利利用者を管理すれば、著作物の権利を保 護しうるという発想があったためである。この発想によれば、著作物の使用を管理する必 要はなかった。したがってユーザーによる著作物の使用は「私的使用」として管理範囲外 とされた。

 しかし、この条件は複製装置のユーザーへの移転と、さらにはデジタル型著作物の出現 によって形骸化した。複製装置をもつユーザーは自由に著作物を複製し、伝送、アクセス できる環境になった。権利者からみれば、このような行為によって、著作物の市場は実質 的に狭められた。さらに著作者からみれば、操作と改変の容易性はユーザーによる著作物 のカット・アンド・ペーストを可能とし、このために同一性保持権を保障した著作者人格 権が侵される可能性が増大した。

3 図書館における著作権の制限

 図書館資料の複製は、著作権法上は、第1に利用者に対するもの、第2に自館内におけ るもの、第3に他館との相互貸借に関するものに分けられる。なお、資料には公有に属す るものがあり、その扱いは自由である。

 まず、利用者に対する複製については、現在の著作権法は、複製量を制限し、かつ来館 者に対するものにかぎると規定している。したがって、利用者からのオンラインによるア クセスを認めていない。

 つぎに、自館資料の複製つまり媒体変換については、著作権法は「図書館資料の保存の ために必要がある場合」に認めているが、その内容は、原則不可、複製した場合には原資 料の廃棄を条件づけている。現在、図書館資料の多くは非デジタル型に記録されたもので あり、したがって、電子図書館の開発にあたっては、まずこれらの非デジタル型資料をデ ジタル化しなければならない。上記の条項にしたがえば、非デジタル型資料のデジタル化 にあたっては権利者の同意を個別に得る必要がある。これは禁止的な条件である。

 つぎに、図書館相互貸借については、著作権法は原資料入手不可の場合にのみ貸与側で の複製を認めている。しかも、複製の送付については郵送を原則としており、電子的伝送 を認めていない。これは通信ネットワークによる図書館相互間の資料送受を阻む制度であ る。

 つまり、現行著作権法は、第1に図書館自体の電子化を許さず、かりにそれが可能にな ったとしても第2に図書館群のネットワーク化を認めず、さらにこれが可能になったとし ても第3に利用者のオンライン・アクセスを妨げる、という構造をもっている。

4 著作権管理システムの著作権問題

 著作権管理については、その電子化システムの構築の試みが、ECMS(Electronic Copyright Management system)として、いくつか示されている。著作権管理のシステム化は 、すでに、データベース・サービスまたは電子出版の分野で、著作権料徴集システムとし て部分的には実現しており、その発展型としては、Xanadu、超流通システムなどが提案さ れている。ここではXanaduを例にとり、その著作権上の意味を検討する(ただしXanadu固 有の概念や用語にはとらわれない)。

 Xanaduは著作物をハイパーテクストの形態で集積し、その入出力をネットワークを経由 しておこなうという構造をもっている。その制度的な特徴はつぎのようなものである。

 第1に、営利事業として運用される。

 第2に、システム提供者、著作者、ユーザーが参加する。著作者はシステム提供者にシ ステム使用料を支払う。さらに、著作者は登録料をシステム提供者に支払うことにより、 その著作物を公有から私有へと転換できる。

 第3に、ユーザーはシステム上の著作物を、使用料を支払うことにより使用できる。ユ ーザーの使用料は、その著作物が登録されていれば著作者へ、そうでなければ公的基金へ 振り込まれる。

 第4に、ユーザーはシステム上の著作物を自由に使用できる。使用の形態は、複製、二 次的改変、引用(リンクを張る)など、自由である。ユーザーはこの行為によって作成し た著作物の著作者になる。

 第5に、著作者の支払うシステム使用料、ユーザーの支払う著作権使用料は、ビット単 位で課金される。

 第6に、著作物の周知、著作物の流通と使用、著作権料の徴集は、ネットワーク上でお こなわれる。

 これらに関する著作権制度上の問題点はつぎのようになる。

 第1の点について、ECMS団体は「規制の下での独占」というユニバーサル・サービ ス的な性格をもっている(例、仲介業務団体または指定管理団体)。だがXanaduは、フラ ンチャイズ制のもとで市場競争をする分散管理システムとして構想されている。

 第2の点について、Xanaduは公有の著作物まで含めて管理対象としている。ただし、取 引対象となる著作物は著作者による登録行為を前提としている。いずれにしても、これは 現行制度である無方式主義の原則から外れている。(ただし現存のECMS団体は実質的 には登録主義をとっている 日本音楽著作権協会など)。

 第3の点について、Xanaduはつぎのような問題をもっている。まず、著作権法は著作物 の表現と意味とを区別し、前者のみを保護するといっているが、このシステムは表現も意 味も区別せずに保護する。ついで、著作権法は著作権の利用(例、複製)を管理すること になっているが、このシステムは著作物の使用(例、読む行為)を管理する。また、著作 権法は最終消費者の著作物使用を「私的使用」として管理外に置いているが、このシステ ムは最終消費者の行為を管理する。さらに、著作権法は著作者の許諾権を中核に置いてい るが、このシステムは著作者の報酬請求権のみを認め、許諾権を認めていない。この意味 で、このシステムは現行著作権制度に大きな変更を迫るものである。

 第4の点について、Xanaduは著作者のもつ同一性保持権つまり著作者人格権をまったく 否定している。とくに注意すべきは、ハイパーテクストにおいては、ユーザーの引用とい う行為に対して、著作権法の想定するものよりもはるかに大きい寄与(リンクの設定)を 許し、それに大きい権利(2次的著作権?)を認めていることである。

 第5の点について、Xanaduは著作物の価値をビット料に還元してしまう。これは、ハイ パーテクストの引用行為と結びついて、著作物の単位をあいまいにする。

 第6の点について、Xanaduでは著作物の流通がエンド・トゥ・エンドとなり、ネットワ ークがすなわち市場となる。この意味では、出版社、レコード会社、放送局など流通事業 者の市場における位置づけは不明確になる。かれらは、ネットワーク環境下では、著作者 の支援者か、ユーザーの支援者かのいずれかになるだろう。ネットワーク上の著作物につ いては、その固定性(米国法の場合)、スクリーン表示(複製か?)、ダウンローディン グ(とくに2次的使用)、著作物やユーザーIDの暗号化、著作物の虚偽表示禁止などに ついて、現行著作権法上は不安定である。

 つけ加えれば、このシステムにおいては最終使用者の行為を管理する必要があるが、こ のために実施されるユーザー利用履歴の秘匿化が、表現の自由、検閲の禁止など憲法上の 原則と合致しなければならない。また、ネットワーク上における著作物のスクリーン表示 は通信の秘密を侵す可能性をもつ。この点については、「公然性ある通信」または「限定 性ある放送」のような新しいカテゴリィが制度上で必要になるかもしれない。さらに、最 終使用者への課金は図書館の無料原則と矛盾するが、この点についても問題は残る。

5 デジタル図書館の立場

 ECMSが稼働した環境においては、図書館の役割は大幅に変化するだろう。現状のま ま推移すれば、図書館はECMSの枠外へとり残されてしまう可能性がある。この意味で 、ECMS環境において図書館がなしうる業務になにがあるかを確認する必要がある。

 第1に公有著作物の登録業務がありうる。これには政府著作物に対する登録業務が含ま れる。米国ではすべての政府著作物が公有となっているが、日本ではその公有については 大きい制限がある。まず、その対象が限られ(商品的価値のあるものは除外)、データベ ースも対象外となっている。政府のもつ著作権は国有財産法の適用を受け、流通に対して 大きい障害となっている。現在、この障害は各省庁の関係団体によって迂回されているが 、この任務を図書館が一括引き受けるという考え方もありうる。

 第2に、Xanaduにおいては著作物間のリンク設定が重要な著作権上の行為とされるが、 図書館業務は目録作成からリファレンス・サービスにいたるまで、このリンク設定に深く 関係している。この意味で、基盤的なリンク設定については図書館に相応しい業務といえ よう。

 これらの業務は米国のNII構想に示されている「新しいユニバーサル・サービス」に 対応するものと見ることもできる。現に、米国では政府印刷局政府情報ゲートウェイ法が 成立しており、政府著作権の電子化とその公開について、積極的な政策がすすめられてい る。

 著作権法は環境変化に応じて変更しうるか。すでにアドホックな変更はおこなわれてい る。まず、プログラムについては無断使用も権利侵害と見なしている。さらに、許諾権は 放送におけるレコードの2次使用などでは放棄された。著作物の数量還元主義も音楽著作 物に対する「5分ルール」で現実化している。また、デジタル録音録画については私的使 用が禁止されている。このような傾向をみれば、現行制度はしだいに新しい環境に適応し ていくものと推測してもよいだろう。

〔参考文献〕

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