SNS(Social Networking Service)における信頼と図書館における応用
井上創造,堀優子
九州大学附属図書館
池田大輔
九州大学大学院システム情報科学研究院
概要
本稿では,図書館とSNSとが連携することについて,新たにSNSサービスを立ち上げるのではなく,既存のSNSと連携をする意義をのべる.また,九州大学において行った地域SNSでとの連携の実装について述べる.実装したシステムは,所属を確実に認証することで,迷惑なメッセージが減るだけではなく,利用者の社会的な立場を把握した上でのコミュニケーションが可能になるという点で類を見ない物である.
キーワード
SNS,ソーシャルネットワーキング,Webサービス,コミュニティ支援
1.はじめに
近年,Webサービスの分野で,SNS(Social Networking Service)というサービスが注目されている.SNSは,友人や,コミュニティという名のグループといった,利用者間の社会的なつながりを重視したコミュニケーションシステムである.現実社会のつながりを重視することにより,いたずらや誹謗中傷,宣伝やスパムといった迷惑なメッセージが少なく安定したコミュニケーションを目指す物である.
一方,このような社会的な側面を重視したシステムは,図書館のような利用者を相手とするサービスにとって非常に有用である.なぜなら,
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サービス提供の際の利用者認証のために,所属を表すコミュニティの情報などを利用できる
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おすすめの本の紹介といった,サービス提供の際の,コンテンツの選択のために,趣味のコミュニティや友達関係などの情報を利用できる
からである.今後,SNSが図書館で利用される事により,利用者に対して綿密かつ柔軟なサービスを提供できるようになるであろう.
本稿では,まずSNSとはどの様な物かを紹介し,図書館とSNSとが連携することについて,新たにSNSサービスを立ち上げるのではなく,既存のSNSと連携をする意義をのべる.また,その連携方法についてMash UpというWebにおける技術を用いた2つの方法を提案し,その比較を行う.さらに,九州大学において行った地域SNSであるベイリーとの連携の実装について述べる.
実装したシステムは,所属を確実に認証することで,迷惑なメッセージが減るだけではなく,利用者の社会的な立場を把握した上でのコミュニケーションが可能になるという点で類を見ない物である.
2.SNSとは
本章では,文献[4]をもとに,SNSの一般的であると考えられる構成を定義する.図 1と図2はその概念図である.
図1
図2
2.1利用者
SNSにおいては,システムはそれぞれの利用者に対するシステム上の人格であるアカウントを持つ.利用者は,自信の個人情報や紹介文といったプロフィールを持つ.
2.2友達と招待
SNSにおいては,現実の世界における面識などに対応して,利用者間での合意に基づいて友達という関係を結ぶことができる.友達は,互いの利用者の合意によってシステムに登録することができる.
また,まだアカウントを作っていない利用者をすでに作った利用者が招待するという機能がある.招待した利用者と招待されてアカウントを作った利用者の間には友達の関係が結ばれる.
2.3コミュニティ
また同じ興味や所属を持つ利用者が集まって,コミュニティという集まりを作ることができる.コミュニティには管理者と呼ばれる利用者がいて,コミュニティに対する各種の運用を行う.
コミュニティの登録や削除は,コミュニティ管理者が行うことができる.またコミュニティへの利用者の参加は,コミュニティ管理者が行う設定により,自由に参加できたり,コミュニティ管理者の同意が必要だったりする.
2.4発言
SNSにおいては,利用者は様々な種類の発言をすることができる.それは,自信の日記に相当するブログ,ブログに対するコメント,利用者間でのメッセージ,コミュニティ内での発言といった物である.
2.5個人用Webページ
利用者がSNSにログインすると,個人用のWebページが表示される.このページに,友達のログイン状況や最新の発言,所属するコミュニティになされた最新の発言といった,自分に関係ある利用者の情報が表示される.つまりいわば利用者が何もしなくても,個人用のWebページが他人によってどんどん更新されるのである.
2.6他人のWebページ
利用者は,他人のWebページもみることができる.ここにはその人のプロフィールや写真,日記などが表示されるが,これはその人が見るための個人用Webページとは別であることに注意が必要である.
このほかに,天気予報や地図サービス,スケジュール,本のレビューといった種々の機能をSNS提供者が提供することが考えられるが,上記の構成はどのSNSでもほぼ同じである.ここでの最大の特徴は,個人用Webページが関係ある利用者によってどんどん更新される,またはそれに反応して種々の発言をすることによって,利用者が個人用Webページ,ひいてはSNSに滞留する時間が長くなるということである.つまり,SNSは利用者の居場所を提供する基盤であって,その上にどのようなサービスを提供するかは,各SNSによって工夫の余地があることになる.
3.図書館とSNS
ここでは,図書館にとって,または時には大学にとってSNSをどう活用できるのかを考える.
Webという仮想世界における図書館SNSは,現実世界におけるLibrary Commonsになぞらえることができる.Library Commonsとは,「そこだけで学生生活の多くを完結することができる場所」と言える.例えば,マサチューセッツ大学アマースト校(UMASS Amherst)のLibrary Commons[3]では,書籍やリファレンスカウンターだけではなく,PC端末やミーティングスペース,情報センターや執筆指導センターの分室,文房具の自動販売機やカフェといった学生生活に必要な環境が集結している.つまり,学生はそこにいれば書籍やPC端末,またはカウンターなどの相談窓口から必要な情報を得ることができ,必要なときにはミーティングスペースや講義スペースで情報交換をすることができ,さらに特に目的がなくてもそこで快適に過ごせるのである.
ふりかえって前節で述べたSNSを考えると,
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居場所を提供する
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必要な情報や最新の情報を提供する
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必要なときには集って情報交換をすることができる
という,Library Commonsとまさに共通の機能を提供している.従って,図書館にLibrary Commonsを導入することと,SNSを導入することは,現実世界か仮想世界かの違いはあれ,ほぼ同義なのである.
さらに土地や物の確保が必要なLibrary Commonsに比べれば,SNSの方が導入コストが低い点で有利である.
4.既存SNSとの連携
ここまで,図書館にとってSNSは仮想Library Commonsである,と述べた.ただし,SNSを新しく立ち上げて利用者をゼロから募るばかりが方法ではない.世の中にはSNSがあふれかえっており,利用者にとっても,新たなSNSが増えるのは迷惑である.現実のLibrary Commonsにおいても,利用者の所属する学部やゼミといったコミュニティを図書館が作り上げて面倒をみるわけではなく,既存のコミュニティの活動を支援するミーティングスペースなどを整えるだけである.
つまり,図書館は,既存のSNSとどう連携していくのかを考えるのが重要である.以下では,Mash Up,つまり既存のWebサービスを組み合わせて新しいWebサービスを作り出す手法を使って,図書館とSNSを連携するモデルを提案する.
4.1 Mash Up型の連携モデル
ここで提案するのは以下の2つのモデルである.
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1.図書館がMash Upするモデル(図 3):図書館における個人用Webページが,SNSやほかの図書館WebサービスをMash Upし,図書館個人用WebページにおいてSNSを利用できるモデルである.
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2.図書館がMash Upされるモデル(図 4):SNSが,図書館WebサービスをMash Upし,SNS内にて図書館Webサービスを利用できるモデルである.
図3
図4
これら2つのMash Up型の連携を,新たにSNSを立ち上げるという一体型の連携と比較したのが 表 1である.Mash Up型の利点として,既存のSNSの利用者が新たに登録作業を行うことなく,これまでの調子で頻繁に図書館Webサービスを利用してくれることが期待できる.また,図書館によるSNS利用者の管理が不要であることも利点である.SNSにとっても,図書館の利用者の取り込みを期待することができる.
表1
ただ,Mash Up型の連携には,統一的な利用者品証,相互のデータ受け渡し,統一的なデータアクセス管理,統一的な検索といった技術的課題も多い.これらの技術課題については,4.2節で述べる.
しかし,これらの課題はあくまで技術的な物であり,今後解決は不可能ではない.それより利用者の頻繁な利用という技術的でない問題の方が生命線であろう.ここに問題を抱える一体型の導入や運用には,慎重を期すべきであろう.
次に,上記の2つのMash Upのモデルを比較したのが 表 2である.図書館がMash Upするモデルでは,個人用Webページを学内に作るので,SNS側の協力なしに自由にページを構成できる上,学内限定のサービスもMash Upすることができる(それを図書館Webページが学外に公開する場合は注意が必要だが).また利用者も学内のWebページとして見えるので安心しやすい.一方で図書館がMash Upされるモデルではこれらが難しいかわりに,学外のSNS利用者への図書館サービスを提供することは,SNSが提供相手の利用者の範囲を広げればいいだけなので容易である.また,利用者にとっては学外のWebページだと認識するので,学内限定の情報をSNSに漏らす恐れは図書館がMash Upするモデルに比べれば少ない.
表2
このように 2つのモデルでは種々の違いがあるが,これらは必ずしも排他的ではなく,図書館がSNSをMash Upすることで学内向けの個人用Webページを作り,学外向けには図書館がMash UpされることでSNS上にサービスをすることも可能である.
4.2 技術課題
以下では,Mash Upモデルにおける技術的な課題を述べる.
4.2.1統一的な利用者認証
図書館WebサービスまたはSNSのどちらかにログインできても,他方にログインできているわけではない.これらを同時にログインするためには,シングルサインオンのような仕組みにより利用者アカウントの統合または連携が必要である.ただしこの機能は必ずしも必須ではなく,利用者が個人用Webページの中で2度ログインをするという使い方もあり得る. いずれにしてもパスワードが個人用Webページを通過するので,個人用Webページのセキュリティと信用も課題となる.
4.2.2図書館とSNSのデータ受け渡し
図書館の図書についてSNS上でレビューを書くというような,相互にデータの受け渡しが発生する場合には,その通信インタフェースを規定する必要がある.ただしSNSにおいては,発言のような自由文の入力が多いので,ここに日記の文章に図書に相当するURLを埋め込んでレビューを書くと行ったような,人手による対応で吸収できる場合も多い.本当にインタフェースを規定する必要があるのは,双方のデータを使って自動処理をするようなサービスであるが,このようなものは,次のデータアクセス管理をのぞけば意外と少ないかもしれない.
4.2.3統一的なデータアクセス管理
学内限定の情報をSNS経由で利用者に提供できないこと,あるいはSNSに利用者が漏らす恐れについて上でふれたが,学内のデータあるいはSNSのデータに対するアクセス管理を統一的に行うことはこれに大きく関わる.たとえば学内の情報を学外のSNS利用者に漏らしたくなければ,SNS側で利用者が学内の者であるかどうかを判別すればよい.利用者がうっかり漏らす恐れについては人手を介するので課題は残るが,SNS側で書き込むときに,学内にのみ公開するかどうかを設定できれば安全性は高まる.このためには,「だれが学内の者か」という情報を図書館とSNSで共有,あるいは連携しておく必要がある.ただし上記の利用者認証とは,「本当に本人か」は認証していない点で異なる.
他方で,この細かい単位でのアクセス管理を図書館で利用できればさらに有用である.たとえばゼミの参加者に限り執筆中の論文を見せたいときに,そのゼミのコミュニティの参加者には機関リポジトリ内の論文へのアクセスを許すと行ったことができればよい.
4.2.4統一的な検索
図書館WebサービスとSNSのコンテンツを同時に検索するためには,検索機能の連携が必要である.これには,検索対象を片方に蓄積しておき,蓄積した側が代表して検索をするという静的な連携の方法と,検索キーワードを双方に渡し双方で検索してその結果をまとめて表示すると行った動的な連携の方法があるが,どちらが適しているのかは今後検討の余地がある.
5.システム実装
我々は,既存のSNSであるベイリーに対して,図書館Webサービスとの連携を施した.特に,
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1. 九大メンバーの認証
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2. 九大メンバーへの図書館Webサービスへのリンク表示
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3. 九大メンバー間での実名表示と学外メンバーへの大学ロゴ表示
を実装した. 4節で述べたようなMash Upによる実装は,1の大学メンバーの認証において一部行ったのみで,他は一体型の実装によりベイリー側で拡張したが,今後の開発でどの様にMash Upするか見定めていきたい.
5.1 九大メンバー用個人ページ
図 5は,ベイリーにおける九大メンバー向けの個人用Webページである.図において上部に,「図書館HP」,「きゅうとOPAC」,「きゅうとMyLibrary」,「きゅうとE-Journals」といった図書館Webサービスへのリンクが表示されているのが分かるであろうか.これは,ベイリーのメンバーの中でも,九大メンバーにのみ表示されるリンクである.
図5
5.2 九大メンバープロフィール
また,図 6は,ベイリーにおいて九州大学のメンバーのプロフィールを表示させた画面である(つまり,本人以外はこの画面を見ることになる.).図において表示される氏名は,九州大学附属図書館の利用者証に記載された物と同一である.九州大学の場合は,これは学生証と一致するので,氏名を偽ることは難しくなる.またこの氏名は,九州大学のメンバーにしか表示されない.これにより,九大メンバー同士では実名を確認できるため,クラスメイトや同僚を検索しやすくなっている.
一方図の左側に表示される九州大学のロゴは,九州大学以外も含む全利用者に表示される.これにより,学外のメンバーには九大メンバーであることが分かるため,九大の肩書きを背負った行動が九大メンバーには求められることになる.
図6
5.3 九大所属認証システム
先に述べたように,本実装では,
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1. 九州大学附属図書館の利用者にのみ実名を公開する
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2. すべての利用者に対して,九州大学のメンバー(図書館の利用者)であることを公開する
という閲覧許可を採用した.
これらにより,
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九州大学のメンバー同士では実名を明かすことにより,現実の利用者の特定ができ,日常生活に近いコミュニケーションを行う事ができる
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九州大学以外の人間は,利用者の実名を知ることができなくとも,九州大学のメンバーかどうかを判別できるため,九州大学の社会的信頼に即した信頼を九州大学のメンバーに対して持つことができる
このことは九州大学のメンバーにとっても,
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九州大学の社会的信頼を九州大学以外の人間に対して利用することができる
というメリットがある.
それでは,本システムにおいて,九大のメンバーであることをどのように確認したのであろうか.
本システムにおいては,ベイリーへの改造の他に,九州大学附属図書館の利用者であることを認証する九大所属認証システムを構築した.九大所属認証システムは,九州大学附属図書館の全利用者についての
の集合をデータベースとして持つ.ただしこれらは,暗号学上逆変換が難しい,ハッシュ化された値として保存される.このため,九大所属認証システムのデータが万が一漏洩しても,利用者番号と名前がデータベースから漏洩することはない.
ベイリーと九大所属認証システムは,扱う利用者がベイリーのアカウントをすでに持っているかどうかによって,連携して異なる動作をする.
5.3.1ベイリーのアカウントを持たない場合
・自分の図書館利用者番号
・氏名
・メールアドレス
を入力する.
・入力された利用者番号のハッシュ値
・入力された氏名のハッシュ値
の組がデータベースに存在するかを判定する.
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3.存在しなければ,そのような図書館利用者が存在しない旨を表示して終了する.
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4.存在すれば,ベイリーに
・氏名
・メールアドレス
を通知する.
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5.ベイリーは上記を受け取ると,上記メールアドレスが既存のアカウントの物ではない事を確認した上で,このメールアドレスに対し招待状を送ることでその利用者を招待する.
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6.その利用者が招待状に応じてベイリーのアカウントを生成すると,ベイリーはそのアカウントの氏名を4の物に設定し,九州大学のコミュニティに自動的に加入させる.
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7.なお,実は1の時点で利用者に,所属学部や興味のある学問分野などの任意選択項目を入力させており,それらに応じたコミュニティに自動的に加入させる.
5.3.2ベイリーのアカウントを持つ場合
この場合は,ベイリーは前述の5を省略し,6において利用者がアカウントを生成せずともコミュニティへの自動加入を行う.
上記の2において,九大所属認証システムは,利用者番号と氏名の組しかチェックしていないため,例えば図書館利用者証を拾った人が不正に登録をできてしまうといった問題は残る.利用者番号は秘密にするよう周知されているため,問題は少ないと考えられる.
図 7は,九大所属認証システムの入力画面である.
図7
本実装では,九州大学という単一の所属についての認証を実現したが,複数の所属についても,それぞれの所属に応じた所属認証システムを用意し,それぞれの所属においてそのシステムを管理することで,比較的容易に実現できることがこの方法の利点である.
6.おわりに
本稿では,巷で注目されているSNSを紹介し,図書館とSNSとが連携することによる意義を述べた.また,その連携方法について技術的ないくつかの方法を提案し,九州大学において行った地域SNSとの連携の実装について述べた.
図書館におけるSNSの応用範囲は広い.例えば,
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個人化された蔵書検索WebサービスMy Libraryにおいて,SNSの友達関係を利用した協調フィルタリングを適用する
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コンピュータ上で提供される書架である仮想書庫において,プロフィールや所属コミュニティを元にして利用者に適した自動配架を行う
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教室や会議室の予約や共有を利用者通しで自立的に行う,友達やコミュニティの情報を用いる.
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コミュニティにおいて,ゼミや共同執筆といった共同作業における資料の共有やバージョン管理を支援する.この際に電子資料へのアクセス許可を,コミュニティや友人関係を元に行えば,いちいち許可対象者の認証情報を管理する必要がない.
というように,諸々考えられる.
本システムの試験運用においては,現在170名ほどの九州大学のメンバーが存在する.本利用者や学外の利用者の交流の変遷を追いながら,今後図書館とSNSの連携の是非を評価することが今後の課題である.
謝辞
システム設計にご協力いただいたNTT西日本の皆様,および九州大学e-worldプロジェクトの皆様に感謝いたします.
参考文献
[1]Varry(ベイリー),http://varry.net/.
[2]http://sns.lib.kyushu-u.ac.jp/.
[3]井上創造,「UMASS Amherst校図書館視察報告」,九州大学附属図書館研究開発室年報,掲載予定,2007.
[4]井上創造,堀優子,「SNSにおける新しい信頼モデルと図書館における応用」,九州大学附属図書館研究開発室年報,掲載予定,2007.