ユビキタス図書館 --遍在する図書館サービス--

池田 大輔
九州大学 附属図書館
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概要

本稿では、いつでもどこでも図書館サービスが利用できるユビキタス図書館について考察する。 まず、本や図書館の本来の目的について考察することにより、 図書館の目的をコミュニケーションを支援と考えることが可能であることを示す。 この目的は広範であるため、次に、大学図書館に対象を絞り、大学図書館の目的について考察する。 このために、大学の目的や大学における活動を洗いだし、 大学図書館が提供すべきサービスと従来より提供していたサービスとのギャップを示す。 また、大学図書館サービスのユビキタス化には認証技術が必要であることも示す。

キーワード

ユビキタス図書館、大学図書館、Personal ID (PID)

Ubiquitous Library. - Library Services Available Anywhere, Anytime -

Daisuke IKEDA
Kyushu University Library
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Abstract

We discuss the ubiquitous library whose services are available anywhere, anytime. First we discuss an original goal of libraries and their materials, and show that an important goal of libraries is to support people to communicate each other and share information. Next we focus on the university library instead of the general library, and show some gaps between services currently provided by the university library and ones needed by university activities. We also show authentication is necessary for ubiquitous university libraries.

Keywords

Ubiquitous Library, University Library, Personal ID

1. はじめに

ユビキタスという言葉が頻繁に使われるようになってきた。 例えばユビキタスコンピューティング、ユビキタスネットワークのように用いて、 いつでもどこでも誰でも計算機資源やネットワークが利用できる、ということを意味する。 国の政策にも用いられており、2010年までにユビキタスネット社会を実現する政策が ``u-Japan''と呼ばれている。

図書館が提供する本の本質は、時間や場所をこえて情報を伝達する点にある。 つまり、情報をいつでもどこでも誰でも利用できるようにしてくれる、という意味では 図書館はユビキタスなサービス提供を目的としてきたといえる。 しかし、従来は本のみが情報をいつでもどこでも利用できるようにする媒体であったことから、 図書館の目的は自然に本の収集、保存、提供になった。

本は時間や場所を越えて情報を伝えるものであるが、図書館に収集された本は 図書館にこないと利用できないし、1冊の本は同時に1人しか使えない。 どこからでも図書館資料を使うという意味でのユビキタス化を目指し、 電子図書館の研究が行われてきた。 理想的な電子図書館では資料は全て電子化され、様々な機器からネットワークを経由して 図書館の資料へアクセスできる。 電子資料はどこからでも24時間いつでも閲覧可能であり、 図書を使うという意味ではユビキタス図書館が実現できたことになる。

電子図書館の研究は10年以上前から盛んになり、電子ジャーナルの導入やWeb版OPACの普及 が進んだ今でも、図書館は電子資料と共に物理的な資料も従来通り提供する ハイブリッド図書館であり、今後しばらくこの傾向は続くであろう。 また、主に学習の目的として利用する「場としての図書館」機能が見直され、 図書館における施設の側面に新たな視点が提供されている。 このような物理的な資料や場としての図書館に対するユビキタス化はほとんど議論されていない。 本稿の目的は図書館本来の役割を見直し、ユビキタス図書館のモデルを提案し、 現在のIT技術を用いてモデルの一部を実装例を提示することである。

このために、まず図書館の目的を詳細に考察する。 図書館の対象である図書の目的を考察することで、図書館の目的と言われてきた 図書の収集、蓄積、保存、提供は本来の目的の一部であり、 情報の共有やコミュニケーションが本来の目的であることを示す。 次に、図書館の利用者をより明確にするために、 考察する図書館として大学図書館を想定し、 大学図書館の目的について考察する。 ここでも、やはりその目的はコミュニケーションであることを示し、 現在の大学図書館はその一部しか支援できていないことを示す。 最後にユビキタス図書館を実現するためには、認証技術が重要性であることを 示す。

2. 本と図書館の目的

現在携帯電話や電子メール、スカイプ、遠隔会議など様々なツールを用いて 時間や場所を選ばずにコミュニケーションが可能になってきた。 このようなツールはビジネスはもちろん、友人や家族との連絡など 日常の至るところで利用されている。 情報を運ぶ媒体も、電子メールやインスタントメッセージは文字、電話やSkypeは音声、 遠隔会議は音声と映像など様々なものがり、目的と用途に応じて使いわけられている。

しかし、人類の歴史において長い間情報の伝達の基本は対面でのコミュニケーションであった。 遠くの人と情報を共有するには、どちらかが移動するか、 情報伝達をしてくれる人を派遣して情報を相手に伝える必要がある。 どちらかが移動する場合は情報共有する当事者が時間やコストをかける必要があり、 派遣する場合は情報が正確に伝わらない可能性が高いという欠点がある。 これらの欠点に対し、文字が発明され遠隔の人ともある程度正確な情報の共有が可能になった。 紙の発明、印刷機の発明などにより様々な場所で同時に情報の共有が可能になった。 さらに図書館に蓄積・保存することにより、時代を越えて情報の共有が可能になり、 同時に効率的に求める情報を探しやすくなった。 つまり、図書館の目的は情報の共有やコミュニケーションの支援と考えることも可能である。

3. 大学図書館の目的

前節で見たように、図書館の目的をコミュニケーションの支援と考えることができる。 しかし、家族や友人との日常的な会話を図書館が支援する必要はないだろう。 本節では、図書館として大学図書館に対象を絞り、具体的にどのようなコミュニケーション支援を 行うべきか考察する。

まず、大学図書館が提供したサービスをユビキタスなコミュニケーション支援という 観点から見直してみる。 本や図書は遠隔や時代を越えた著作者とのコミュニケーションであり、以前から大学図書館は 提供してきた。 さらに、これらのサービスの一部は、電子ジャーナルの導入やWeb OPACなどにより、 ユビキタス化し始めている。 また、利用者と図書館職員のコミュニケーションの場として、レファレンス業務が提供されている。 メールやWebフォームによるオンラインレファレンスなどの試みも行われており、 こちらもいつでもどこでも利用できるようになってきた。

これらのサービスは教育や研究の支援の一部と考えられるが、 大学の研究教育活動で図書館が支援しているのは本や雑誌といった資料を用いるもの のみである。 しかし、実際に学生や研究者、教育者の視点から見ると、大学図書館が果たすべき役割が他にも あるように思われる。 このことを明確にするために、本節の残りで、大学における活動を洗いだした上で 大学図書館の目的を再度見直し、大学図書館が支援できるものについて考察する。

大学図書館は大学の図書館であり、大学の目的を支援することが大きな目的になる。 では、大学の目的は何かというと、研究と教育、及びそれらに関する情報発信であろう。 研究と教育については異論はないと思われる。 最後の情報発信とは、研究成果の一般向けの発表や特許化などを通した社会への還元、 社会人教育などであり、近年大学に求めら始めたものである。 図書館は、研究と教育の支援を資料の収集と提供というサービスにより行ってきた。 また、学習の場としての機能も果たしてきた。 一方で、情報発信が大学に求められ始めたのが比較的最近であることもあり、 情報発信の支援を行っている図書館はあまりない。 だが、機関レポジトリの動きは、情報発信を支援するものになるだろう。

大学の目的である研究、教育、情報発信の全てにおいてコミュニケーションが重要である。 教育は知識を伝え、伝えた知識の理解度を測ることが基本であるため、 まさにコミュニケーションがその根幹であり、 情報発信はその定義からコミュニケーションの一部であることが分かる。 そのため、この両者については比較的コミュニケーション支援が行われている。 例えば、教育におけるコミュニケーション支援はe-learningで実現されつつある。

一方、研究活動は研究者一人で行うコアな部分、例えば、理論的な証明を考える、 実験をして証明する、文献調査をするなどばかりが注目されがちだが、 実際には研究グループであったり研究室のメンバーで行う作業部分が多くある。 その中で、現在図書館が支援しているのは論文を中心とした文献の提供である。 文献調査は自分の研究と競合する研究がないかどうかの確認であったり、 新たな研究分野のサーベイであったり、研究活動の様々な時点において必要である。

しかし、文献調査のみが研究活動ではない。 読んだ文献の管理も必要である。 これには、出典やページ番号などの情報はもちろん、 できれば読んだ文献へのコメントなどが保存されることが望ましい。 さらに、研究室や研究グループでこのような情報の共有が行えれば、 効率的に文献管理作業が行えるだけでなく、 従来はセミナーなど直接その場でしか共有できなかった 文献に対する理解が場所や時間を越えて共有できるようになる。

研究活動の様々な時点でセミナーや新着論文の紹介、実験の進捗報告会などで、 研究室や研究グループ内での情報共有することが必要になる。 いくつかの研究室ではWikiやblogなどを構築し、 情報共有や進捗管理の環境を整えているが、 これが可能にするにはコンピュータの維持管理が得意な メンバーが必要である。 そのため、このような環境構築を行っているのは、 コンピュータ系学部を含め理系の研究室に多いようである。

学生によるセミナーや発表練習は、研究活動の一環でもあるが、 プレゼンテーションスキルの上達を目的とした教育の一環でもある。 同様に、学生による論文執筆の過程における添削も教育の一環と見ることができる。 どちらも、自らが主張することを効果的に相手に伝えるという意味で、 どのような研究分野であっても、さらに広くビジネスの分野であっても 必要なスキルである。 このような教育は、個々の研究室が行っているため、 その重要性の認識やスキルのレベルについても研究室ごとに違うようである。 分野や成果に依存した細い指導は個々の研究室で行うべきであると考えられるが、 全体としての論文執筆指導やプレゼン指導は大学で行うべきであろう。 その場合、これをサポートするのは図書館の役割になるだろう。 論文やプレゼンは、研究活動というより情報発信の側面が強いため、 従来重視されてなかった情報発信に関する支援が大学図書館は十分ではない、と言える。

ある程度の研究成果がでてくると、次はそれを論文としてまとめる作業になる。 論文が成果として発表できた後は、いくつかの図書館が準備を行っている 機関レポジトリが研究成果の情報発信を支援してくれる。 しかし、分野によっては成果として確定する前から、 プレプリントとして登録する必要がある。 このように、機関レポジトリにはプレプリント版、成果として公開版など 様々な版を扱える必要がある。 この考えを発展させれば、論文の原稿段階からレポジトリに登録し、 ある程度のまとまりごとにバージョンを付与する機能を持った 機関レポジトリを考えることも可能である。 さらに、通常のバージョン管理ソフトウェアは複数人の共同作業をサポートする機能を 備えていることから、このような機能を含めてもよいだろう。 つまり、このような発展版機関レポジトリは、複数著者による論文も含めた 論文執筆支援を可能とする基盤になる。 機関レポジトリの運用が図書館の役割であれば、この発展版機関レポジトリの 提供も図書館の役割と考えることが自然である。

4. ユビキタス図書館

前節で見たように、現在大学で行っている活動のうち 研究グループや研究室で行っている情報共有やコミュニケーションに対する支援が 十分ではないことが分かった。 このようなコミュニケーション全体を図書館が支援する必要はないと思われるが、 論文や図書に対するコメントや付加価値の共有、 論文執筆からの支援については、現在提供しているサービスとの関連性から 大学図書館が提供することが自然である。

共有した情報にアクセスしたり、そもそも共有する相手を選別するには、 個人の認証基盤は必要になる。 つまり、ユビキタスなサービスを提供の基盤技術として、認証基盤が必要であり、 「いつでも、どこでも、適切な誰でも」が利用できる図書館が ユビキタス図書館である。 特に、外部からの研究資金獲得が重要になってくる今後の大学においては、 コミュニケーションを行う研究グループを動的に構成したり、 互いに業績リストを交換したりする機会はますます増えてくるようになる。 研究グループが新たに構成された場合は、専攻・学部はもちろん、時には大学を越えた メンバー間で進捗管理や文献の共有、研究報告会の議事録の共有などが必要になってくる。 この場合、認証機能の重要性はさらに増していくものと考えられる。

九州大学附属図書館、九州大学が導入を進めているICカードを用いて[2,6]、個人情報や利用者のプライバシーを保護しつつ利便性をあげる取り組みを行っている[4,5]。 このICカードにはPersonal ID (PID)と呼ばれる仕組みが採用されており、 従来図書館が保有する必要のあった個人情報を大学本部側で管理させ、 図書館における行動や貸し出しの履歴情報と個人情報を分離することが可能である。 まだPIDの運用は実験段階のものが始まったばかりであるが、上述したような 外部の大学や研究機関、公共図書館との連携も視野に入れて開発されており、 今後の大学図書館のユビキタス化に重要な役割を担うものと期待される。

論文成果や講義資料などを広く発信したり、 情報発信のための論文執筆スキルやプレゼンテーションスキル向上のための支援も 大学図書館の役割だと考えられる。 これについては、今後の機関レポジトリの役割がますます重要になっていくものと考えられ、 九州大学附属図書館も積極的に関与していく予定である。

大学図書館のユビキタス化としては、物理的な資料のことも忘れてはならない。 大学図書館が提供する資料は電子ジャーナルばかりでなく、依然として 図書や雑誌といった物理的な資料も多く利用されている。 このような物理的な資料をいつでもどこでも利用するためには、資料がいまどこにあるのか を確認することと、配送やeDDSなどを用いて利用者の近くまで資料を届ける必要がある[3]。 物理資料のユビキタス化は単に利用者が便利になったり図書館運用が効率化するだけでなく、 図書館が現在抱えるニーズの把握不足や狭隘化の対策[1]などにも 有効である[3]。

参考文献

[1] 科学技術・学術審議会. 学術情報基盤としての大学図書館等の今後の整備の在り方について(中間報告).
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/toushin/05071402.htm, 6 2005.

[2] 九州大学全学共通ICカード導入推進室. 全学共通ICカードプロジェクト.
http://www.slrc.kyushu-u.ac.jp/japanese/project/iccard/

[3] 池田. ユビキタス時代におけるハイブリッドライブラリー型電子図書館モデル.名古屋大学附属図書館研究年報, 2006.(投稿中).

[4] 池田, 安東, 田中. ディジタルライブラリにおける履歴・個人情報の保護及び利用.
http://rd.cc.kyushu-u.ac.jp/~daisuke/paper/08-Mar-05-DLW.pdf, 3 2005.(ディジタル図書館ワークショップ講演).

[5] 安東, 池田, 田中. 電子図書館と利用者のプライバシー --履歴・個人情報の保護と利用の両立を目指して--. デジタル図書館, No.30, 3 2006.

[6] 浜崎, 安浦. PIDを用いた安全な社会システムの構想. 九州大学大学院システム情報科学紀要, 7(2):139-148, 9 2002.
http://kasuga.csce.kyushu-u.ac.jp/lab_db/papers/paper/pdf/2002/hamasaki02_2.pdf