リソースについての情報を記述したメタデータを利用することによって、リソースを簡単に 検索することが可能になった。しかし、検索結果として提供されるリソースの取捨選択は、利 用者自身がひとつひとつリソースにアクセスすることによって行われているのが現状である。 なぜなら、それらのリソースは利用者が実際に利用でき、利用者にとって適切なものであると は限らないからである。例えば、リソースを標準的な機能を備えたパソコンで利用する場合と 携帯端末から利用する場合では、同じ内容であってもそれぞれの利用環境に適した表示形式で 提供する必要がある。利用者や利用場所に応じたリソースへのアクセス制限がある場合、アク セス条件に応じた適切なリソースを利用者自身が選択する必要がある。また、画像を多用した グラフィカルなリソースは健常者にとって優れたリソースであっても、視覚障害者にとって優 れたものであるとは言えない。こうした利用者の負担をなくすためには、利用者それぞれにと って適切なリソースを選択し、それらのリソースに対する適切なリンクを提供する仕組みが必 要である。つまり、「どのような特性を持つ利用者」が「どのような環境」で「どのようなリ ソース」を利用したいのかという利用者の要求を表現した上で、利用者の要求とそれにマッチ するリソースを選択し、適切なリンクを提供できなくてはならない。
そこで、本稿では、利用者が自らの特性や利用環境に適したリソースを適切に選択し、アク セスできるようにすることを目的として、利用者の特性や環境と、リソースの特性という複数 の視点からアクセシビリティに関する情報を表現し、利用者とリソースを適切に結びつけるた めの枠組みを提案する。また、利用者からの要求に合った内容のリソースの中から、利用者の 特性と環境に適した形式のリソースを選択するための柔軟なリンキングを提供するためのメタ データスキーマモデルを提案する。
本モデルは3つの要件から構成する。
・リソースの内容表現:リソースの内容に基づく検索のために用いる記述であり、かつ、表 現方法や実現形式の違うリソース間の関係を表す。
・アクセシビリティ:利用者それぞれの要求に応じて適切な表現方法と実現形式をもったリ ソースを識別し、利用者に負担をかけずに取捨選択するための枠組みを示す。
・柔軟なリンキング:利用者の特性と環境に適すると識別されたリソースに対する適切なリ ンクを利用者に提供する仕組みを提案する。
以下、2章においては、利用者の特性と環境に応じたリソース選択についての概念を説明す る。3章においては、メタデータを用いて利用者とリソースを適切に結びつけるための枠組み について説明する。4章では枠組みを実現するために求められるメタデータスキーマとそのモ デルについて述べ、5章では考察と今後の展望について述べる。
現在は、情報環境の発展により、いつでもどこでも、ネットワーク上にあるリソースを利用 できるようになったため、何か調べ物をしたいと思ったときに、真っ先にWeb上のリソースを 探す、という人は少なくないであろう。源氏物語について調べる場合、司書の代わりとなるツ ールとして、Googleなどの検索サービスや図書館のOPACが挙げられる。これらのツールでは、 資料のありかやタイトルなどを知ることはできるが、それらがどのような利用者に適している のかといったことまではわからない。そのため、源氏物語の資料として選択されたリソースは、 利用者にとって適切な形・種類かどうかはこの時点ではわからない。なぜなら、現在のネット ワーク上では利用者がどのような人であるか、どのような場所から接続しているのか、といっ た利用者の特性や環境(ここでは利用者の特性や環境をまとめて、Contextと呼ぶ)に応じた情 報提供は行われていないからである。そのため、検索結果として選択されたリソースに利用者 自身がそれぞれアクセスして、初めてそのリソースが適切かどうか判断するのでは手間がかか ってしまう。しかし、源氏物語という内容のリソースの中で、利用者にとって適切なものが自 動的に選択され、提供することができる仕組みがあれば大変便利である。
以下、本章では、Contextに応じてリソースを適切に選択する上で必要な概念について論じる。
例えば、視覚障害者にとって、源氏物語原本の電子化画像のみによって構成されたリソース は適切ではない。小学生にとって源氏物語原著は読みやすいものではない。このように、利用 者の特性によって求められる源氏物語に関するリソースはそれぞれ異なっている。
一方、情報端末の発達により、利用者は携帯電話やPC、ゲーム機器のように様々な機器を利 用してネットワーク上のリソースにアクセスできるようになった。自宅のPCで見ていたネッ トワーク上のリソースを外出先のPCから見る場合を考えると、ここでは利用するPCなどの利 用機器、インストールされているOSやソフト・音源再生の可否、ネットワーク接続速度など の利用設備、利用場所などが変化する。これらの利用環境に適したリソースがそれぞれに作成 され、提供されているだけではなく、最近ではPCからアクセスした場合と同等のHTMLを解 釈して表示するWebブラウザを搭載した携帯電話が登場したことに代表されるように、PCの ブラウザを想定して作成されたリソースを様々な機器からアクセスすることが増えていくと考 えられる。
A. 利用者が視覚障害者で、テキストを読み上げる機能をもつPCからアクセスしている場合、 画像を多用したグラフィカルなリソースではなく、画像に代わる同等のテキストを含むリソー スや、元から画像を含まないリソースを選択して提供することができれば、利用者は特性を気 にせずにリソースを探し、利用することができる。
B. 携帯電話からアクセスしている場合、通常のWebブラウザを想定して作られたリソース を提供しても利用者は容量の大きな動画や画像、音声を利用することができないので、その携 帯電話で閲覧するのに適した形式で作成されたリソースや、テキストのみのリソースを提供す ることができれば、利用者は利用環境を気にせずにリソースを探し、利用することができる。
図1は、AとBを概念レベルで表した図である。利用者AにはAのContextにマッチするリ ソース定義を参照し、リソースへのリンクを提供する。Bもまた同様にBのContextにマッチ するリソース定義を参照し、リソースへのリンクを提供する。同じ源氏物語というキーワード においてリソースを探したとしても、利用者Aと利用者Bでは提供されるリソースのリンク先 が変わってくる。
また、リソースへの柔軟なリンクを提供することも必要となる。例えば、ある大学のサーバ 内のリソースで、学内では全文閲覧することができるが、学外からは目次と抄録までしか閲覧 できないリソースを学外から検索システムを通して発見した場合、従来の方法では、提示され た全文のURLにアクセスしても、「アクセス権限がありません」と表示されてしまうだけであ る。しかし、システムが、学外から利用者がアクセスしていることを理解し、全文へのリンク の代わりに、目次と抄録へのリンクを提示することができれば、学外からの利用者は、現在の Contextに応じた柔軟なリンクによって必要な情報をできる限り多く入手することができる。
そのためには、同じとみなす(ここでは"同定する"と表現する。)ための観点のレベルを どこに置くかを定義する必要がある。例えば、源氏物語という一つの作品を例にとった場合、 原文・現代語訳・子供向けに編集されたもの・絵図などがある。これは、内容はそれぞれ源氏 物語という作品レベルの視点からは同一であるが、表現方法が異なる。ひとつのテキストのリ ソースを、携帯電話向け、PC向けの両方の記述形式において提供している場合、源氏物語の表 現方法は同じであるが、利用における実現形式が違うということになる。
このような、リソースや、リソースの内容間の相対的な関係を定義し、各リソースがどのレ ベルにおいて同等であり、どのレベルにおいて違うかを示すことでリソースの特性を表現する ことができれば、Contextに応じたレベルで同定されたリソースを選択して提供することができ ると考えられる。
リソースの同定のためのレベル設定は、IFLAが組織した研究グループによる「書誌レコード の機能要件.最終報告」(Functional Requirements for Bibliographic Records. Final Report: FRBR)[1][2]において示されたモデルを参考にすることができる。FRBRは書誌的なデータを 利用者の要求に対応付けるための枠組みとなり得ることを意図して提案されたものである。こ こでは、対象となる資料そのもののモデル表現に相当する書誌的実体群を、著作(Work)、表 現形(Expression)、体現形(Manifestation)、個別資料(Item)の4つのレベルに分けて表し ている。図2はこの4つのレベルに分けた表現を実態関連モデル図において具体的に表したも のである。
しかしながら、これは図書やCDのような実体をもつものを想定したモデルであるため、実 体をもたないネットワーク上のリソースにおいて、Itemという概念は、そのままでは必ずしも うまく適用できない。特に、ネットワーク上のリソースにおいてItemという概念はあまり意味 をもつものではないと考えられる。そこで、本稿では、FRBRのWork・Expression・ Manifestationの3レベルの考え方を参考にリソースの内容を表現する。そのためのメタデータ スキーマについては4章にて述べる。
そのためには、利用者の様々なContextを表現し、リソースの表現方法や実現形式とマッチ ングすることが必要である。現在行われている利用者とリソースをマッチングするためのメタ データに関する取り組みを紹介する。
LOM(Learning Object Metadata)[3]では、学習オブジェクトのメタデータ構造と語彙指定の 仕組みを提案している。その中で、学習オブジェクトの教材としての種類や難易度、リソース 利用対象者の学年や年齢など、教育上の情報について記述するためのメタデータエレメントが 定められている。また、リソース内の学習オブジェクトを利用するときに必要となるソフトウ ェアやOSのような利用環境についてのエレメントも用意されている。
eラーニング標準化の活動のひとつに、LIP(Learner Information Package)[4]がある。LIPは 利用者の属性を記述するための規格や、システム間での利用者情報を交換するためのフォーマ ット標準化規格である。LIPのパッケージを利用すると、学習者情報に含まれる学習目的、学 習履歴、コンピテンシーなどとLOMで記述された教育体系情報を用い、学習者ごとの学習目 標と学習状況に応じた動的な学習カリキュラム生成システムを構築することも可能である。 IMSでは、LIPのアクセシビリティのための情報パッケージとして、ACCLIP(IMS Learner Information Package Accessibility for LIP)[5]と、ACCMD(AccessFor All Meta-Data) [5]を発表し た。ACCLIP・ACCMDは、リソース・Context両方の視点から、アクセシビリティに関する記 述を行うことが可能なエレメントセットを用意している。現在、これに準拠して様々なメタデ ータが作成されている。
利用者にとって最適な情報の効率良い選択を目的とした、メタデータを活用することで柔軟 性をもたせたリンクシステムが学術情報の世界で登場しはじめている。
あるリソースからの拡張サービスを考えた際に、リンク先として最適と思われるリソースを 「Appropriate Copy(最適コピー)」と呼ぶ。Appropriate Copyを導き出すためには、それぞれ のリンク元が、利用者にとって最適なコピーへのリンクを設定することが必要となる。このた めのフレームワークが、Open Linkingの標準規格として注目されているOpenURL[6]である。 OpenURLは、たとえば、図書館や出版社のサーバなど、どの提供元から入手すればよいのかを 判別するためにAppropriate Copyを自動的に特定するための枠組みを規定している。 Appropriate Copyを提供するシステム実現のためには、Contextを認識し、それぞれに応じたリ ンク先を提示することが必要である。OpenURLでは、Contextを認識するための仕組みとして 「Context Object」[7][8]というリンク先の決定のために利用するデータをまとめたオブジェクト のモデルを利用している。これに基づいて決定されたリンク先へのリンキングは「Resolverモ デル」というリンク構造を用いている。
図3のモデルは、入力となる利用者のリソースへのアクセス要求、それにマッチしたリソー スA・B・C、それぞれのリソースのメタデータ、および利用者のContextから構成される。本 モデルは、利用者のリソースへのアクセス要求を受け取ると、その要求に該当するリソースの メタデータとContextのマッチングを行う。リソースのメタデータは、リソースのWork・ Expression・Manifestationにそれぞれ対応付けされたメタデータエレメントに基づく記述である。 この例では、リソースのメタデータは、リソースAがHTML文書であること、リソースBが 画像のリソースであること、リソースCが音声のリソースであることを記述したものであり、 Contextのメタデータは利用者が"全盲"であることを記述したものである。本モデルは、リソ ースのメタデータA・B・Cのうち、Expressionにおいて視覚以外、例えば耳で聞くことのでき るコンテンツを含むManifestationとしてリソースCを選択する。その上で、リソースCに対し てリンクResolverがリンクを提供する。
例えば、リソースのタイトルに与えられた名前を記述するメタデータエレメントとして、タ イトルがある。これは、Work・Expression・Manifestationの発見・識別・選択・入手すべてにお いて利用するが、特に重要な役割を果たすのはリソースの発見においてである。リソースがど のような利用者を利用対象として想定しているかを表すエレメントは、Work・Expressionの選 択・入手のタスクで用いる属性である。Expressionの利用対象者が高校生以上のリソースは、 小学生にとって適切なリソースではないということを判断することができる。リソースのデジ タル化の形式などを表すエレメントもまた、Expression・Manifestationの選択・入手のタスクで 用いる属性である。Manifestationの提供形式がxmlのリソースは、携帯電話では利用できない ことを判断することができる。このように、利用者の判断基準を各利用者のタスクに照らし合 わせた上で様々なメタデータエレメントに置き換え、FRBRの各レベルとの対応付けを行うこ とができる。
表1はFRBRのWork・Expression・Manifestationにそれぞれ属するメタデータの例である。
A.視覚障害者(全盲)に対して源氏物語のリソースを提供する場合
利用者のリソースへのアクセス要求は「源氏物語」というWorkに関連するリソースメタデ ータの"タイトル"の値である。Contextは、「視覚障害者(全盲)」が利用者の特性メタデー タの"利用者の知覚能力"の値である。これらの値が定まると、「源氏物語」のリソースの中 でも、Expressionレベルにおいての"形式"の値が「音声」を含むものと限定される。そのた め、図中のExpressionでこの条件 に一致するものは、「源氏物語現代語訳朗読」となる。実際に利用者に提供されるリソースは Manifestationレベルの実体にあたるため、ここでは、源氏物語現代語訳朗読のMP3形式のリソ ースか、WMA形式のリソースとなる。利用者がWMA形式に対応したツールを備えていない 環境からアクセスしている場合にはMP3形式のリソースのみが選択される。また、利用環境に テキストを読み上げるツールを備えていた場合には、「源氏物語」のリソースの中でも、 Expressionレベルにおいて"形式"の値が「テキスト」を含むものも候補となる。利用者がPC からアクセスしている場合にはManifestationレベルの実体を選択する際には「オリジナルテキ ストのHTML」、「現代語訳朗読のMP3」「現代語訳朗読のWMA」の3つが選択される。
B.10歳の子供に対して源氏物語のリソースを提供する場合
この際の利用者のリソースへのアクセス要求もまた、Aの例と同じく「源氏物語」という Workに関連するリソースメタデータの"タイトル"の値である。Contextは、「10歳の子供」 が利用者の特性メタデータの"知的水準"の値である。Expressionレベルでは"利用対象者" の値に「10歳」を含むものと限定される。そのため、Expressionでこの条件に一致するものは 「源氏物語絵巻スキャン画像」と、「源氏物語現代語訳朗読」「漫画源氏物語スキャン画像」 となる。利用者に提供されるリソースは、それぞれのManifestationである。ここで、利用者が 携帯電話という利用機器からアクセスしていた場合、携帯電話で表示したり利用したりするこ とが困難な容量の大きなリソースや、対応していない形式をもつリソースは選択肢から外れる ため、「源氏物語絵巻のJPEG」「漫画源氏物語スキャン画像全文GIF」「漫画源氏物語スキャ ン画像途中までGIF」が候補となる。また、漫画のスキャン画像リソースには課金制度があり、 無料で見ることができるのは途中までであった場合には、「漫画源氏物語スキャン画像全文 GIF」は候補から外れることになる。
今回述べた機能に加えて、利用者が自宅で途中まで見ていた動画のリソースを外出先のPC で続きを見られるような、利用者特性を、変化した利用環境に引き継ぐことができれば、同じ リソースを同じ手順を踏んで再度探し出すという作業をしなくてすむ。このような機能を実現 するための枠組みも視野に入れたい。
[2] 和中幹雄, 古川肇, 永田治樹.書誌レコードの機能要件―IFLA書誌レコード機能要件研究グ ループ最終報告.初版.東京,日本図書館協会,2004,121p.(ISBN: 4820403303)
[3] "Draft Standard for Learning Object Metadata".2002.Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc..(online),available from<http:// ltsc.ieee.org/wg12/files/ LOM_1484_12_1_v1_Final_Draft.pdf>.
[4] IMS Global Learning Consortium."Learner Information Package Spcification".2001. (online),available from< http://www.imsglobal.org/profiles/ >.
[5] IMS Global Learning Consortium."IMS Global Learning Consortium: Accessibility Specification". available from < http://www.imsglobal.org/accessibility/ >.
[6] "Standards and Patents and the OpenURL".National Information Standerds Organization. (online),available from <http://www.niso.org/committees/OpenURL/OpenURL-patent.html>.
[7] National Information Standerds Organization.The OpenURL Framework for Context-Sensitive Services Part 1: ContextObject and Transport Mechanisms.NISO Press. 2004,p.1-37.(online), available from < http://www.niso.org/standards/resources/Z39_88Pt1draft.pdf >.
[8] National Information Standerds Organization.The OpenURL Framework for Context-Sensitive Services Part 2: Initial Registry Content.NISO Press.2004,p.1-90.(online),available from < http://www.niso.org/standards/resources/Z39_88Pt2draft.pdf >.
[9] 岡多恵子.リソースと利用者の特性記述に基づくWebアクセシビリティ向上のためのメタデ ータモデル.茨城,筑波大学,2005,修士論文.
[10] 谷口祥一「テキストレベル実体を基盤にした概念モデルと書誌レコード作成」『図書館目 録とメタデータ』.東京都,2005,p57-77.