Internet環境下における米国の医学図書館活動

野添篤毅
愛知淑徳大学図書館情報学科
480-11 愛知県長久手町長湫片平9
TEL 0561-62-4111 FAX 0561-63-3060

抄 録

Internet環境下における米国の医学図書館の現状を,米国国立医学図書館NLMの活 動と,米国医学図書館協会大会MLAの報告を中心に解説した.また,背景となる 全国的な情報基盤整備計画National Information Infrastructureについても触 れた.米国の医学図書館の34%,大学医学図書館の72%が既にInternet に 接続している.この状況下において医学図書館がどのような役割を果たしていく べきかを考察した.

Activities of the U.S. Health Sciences Libraries in the Internet age

Atsutake NOZOE
School of Library and Information Science
Aichi Shukutoku University
Katahira, Nagakute-cho, Aichi-ken 480-11 Japan
TEL 561-62-4111 FAX 561-63-3060

Abstract

The sate of art activities of the U.S. health sciences libraries in the Internet circumustance were introduced. As the background of the Internet activities, the National Information Infrastruture was also mentioned. A survey conducted by the National Library of Medicine indicates that libraries at academic institutions have mostly access to the Internet (72%). The roles of health science libraries were discussed in this situation.

Keywords

health sciences libraries, National Library of Medicine, Medical Library Association, National Information Infrastructure, Internet , navigator, quality filtering

1.背景

1.1 NII(National Information Infrastructure)とHPCC(High Performance Computing and Communications)

 1991年に当時,上院議員であったゴア現副大統領が提案した,米国の高性能計算・ 通信開発計画(High Performance Computing and Communications: HPCC)は,クリ ントン政権の誕生とともに,1993年の国家的な情報基盤整備計画(National Information Infrastructure: NII)へと発展してきた。

 NII構想はあらゆる情報資源を,全ての国民が人々が,どのような型体でも,いつ でも,自由に利用可能にしようとする壮大な試みである.ここで対象としている情 報資源とは,図書館に所蔵されている資料はもとより,データベース,画像,テキ スト,データベース,音声,そして美術館,博物館のコレクションをも含むという という幅広いものである。これら各種の情報資源を有効的に利用可能にするために は色々な情報機器,装置が必要である。これらには,これまでなかったような機器 ,Dr.Toni Bearman 1)によればYNI(You name it:あなたが名前をつけた)装置が 次々と現われてくる。そして,これらの機器を有機的に結びつけていくために,デ ータの標準化,コード化がますます必要とされてくる。

 このような計画の実現のためにNII大統領諮問委員会が,産業界,労働界,学界, 図書館界,マスコミ,地方自治体,教育界などの幅広い国民階層からのメンバーを 集めて形成されている。

 現在,HPCCはNIIを実現するための技術的基盤として位置付けられている。そして, 国家規模で挑戦する応用分野(National Challenge Application Areas)として,国民 生活の 社会基盤,ディジタル図書館,生涯教育,エネルギー管理,環境,ヘルスケア,製造 プロセス,国家安全保障,官庁情報への一般からのアクセスなどが示されている。2)

1.2 NIIと医学図書館

 1994年5月にテキサス州San Antonioで開催された,第94回米国医学図書館協会年次 大会(Medical Library Association:MLA)では,最終日の5月19日に”国家的な医学医療 情報基盤(National Health Information Infrastructure)の構築:HPCCの役割”,と 題する 一日のシンポジウムが開催され,250人以上の医学図書館員を集めて,その関心の強 さを示した。HPCCの重点分野として,ヘルスケアとディジタル図書館が挙げられて おり,米国国立医学図書館(NLM)はまさに,その研究開発の一つの中心拠点となっ ている。HPCCの研究開発の手法は,各研究開発に係わる政府機関が,それぞれ に計画を遂行し,その調整をHPCC本部が行っている。そして,HPCCの全国調 整本部(National Coordination Office)の本部長にはNLMの館長であるDr.Donald Lindbergが就任している。

 NLMはHPCC計画における医療分野の情報伝達と情報処理の研究開発計画を開始し ている。1994年度に助成されたプロジェクトの一例を次に示す。

2.医学情報活動の中心としての米国国立医学図書館(NLM)

2.1 NLMの活動

 米国における医学情報サービス活動は米国国立医学図書館(National Library of Medline:NLM)を中心にして行われている。NLMは国内の医学図書館の頂点に立ち,情 報資源の収集・提供,データベースの作成と提供,研究開発,そして各種の助成金 の提供という幅広い活動を行っている。

 1964年から始められた医学文献分析検索システムMEDLARS計画での医学文献デー タベースMEDLINEを軸に40種以上のデータベースを作成し,オンライン・ネットワ ークには75,000の機関・個人が接続されている。NLMオンライン・サービスの利用は ,データベースの種類の豊富さ,利用登録者の増加,そしてGrateful Medのような ユーザー・フレンドリーな検索ソフトの出現などによって,年々増え続け,1992 年度は,オンライン検索は年間529万回,オフライン出力が27万回と驚異的な数字 を示している。

 このような活発な医学情報活動を支えるために,NLMは1983年に医科大学内におけ る情報資源マネージメントの考え方による学術情報システムの構築の提案を行った 。この計画は当初,Integrated Academic Information Management System, 略称IAIMS (統合型学術情報マネージメント・システム)と呼ばれたが,現在はIntegrated Advanced Information Management Systemと発展している。3)

 IAIMSは,医科大学における4つの機能,すなわち教育,研究,診療,そして組織 の管理・運営の各場面で生産されている,各種の情報,データベース,ファイルを それぞれの場で有効に利用,活用するための学内ネットワークを構築することを目 的としている。そして,このIAIMS計画の中心に図書館を位置付けたことが特長と なっている。これによって,利用者は内外のデータベース,ファイル,各種の機能 に容易にアクセス可能となるのである。4)

 1983年以来,NLMは17の機関にIAIMS構築のための助成を行ってきた。そして, HPCC計画の出現にともなって,情報資源マネージメントが複雑さを増したにもかか わらず,IAIMSの目標とする学内の情報流通の可能性が強化されている。

 NLMはNIIの実現の一歩として,IAIMS助成とは別にNational Science Foundation(NSF) と共同で,医療機関でのInternet導入促進のための助成を始めている。これにより1993 年度には16の大学及び病院が助成金を得て,1994年度には8,500万ドルの予算が予定 されている。

2.2 Internetを介したNLMの情報サービス

 NLMは各種のデータベース利用をインターネットを通じて,医療関係者に開放して いる。5)

World Wide Wide(WWW)サーバを通じては,NLMのサービス概要を提供し (http://www.nlm.nih.gov/),またNLM内にある国立バイオテクノロジー情報センタ ーで編集される世界最大の遺伝子情報データバンクであるGenBankにもアクセス できる(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/).既存のオンライン・データベース, MEDLINE(医学文献全般),TOXLINE(毒性情報),そして文献複写依頼サービスDOCLINE についてはGopherサーバによりアクセス可能となっている。これらのサービス は有料であるが,AIDS関連のデータベースについては,その公共性から,今年か ら無料で開放することとなった。国の情報機関のこのような方針は情報関係者か らは拍手をもって迎えられている。6)

 FTPサーバによれば,NLMの配布している各種の出版物,ソフトウェアが入手でき る(nlmpubs.nlm.nih.gov)。出版物としては,NLMファクトシート,主題書誌,AIDS情 報などがある。インターネットによるこのような情報提供は印刷物をより減少させ ていこうとする政府機関の意図であろう。

 NLMのLocatorは,メニュー方式でNLMの所蔵資料の情報を提供している。アクセスで きるファイルは,医学分野のオンライン目録であるCATLINE,視聴覚資料目録 AVLINE,そして雑誌情報ファイルSERLINEである(telnetでlocator.nlm.nih.govで 接続し,locatorとログイン)。

 このような各種の方法でNLMのファイル,データベースにアクセスができるように なり,これらのサービスを支援するためのヘルプデスクも設けられ,電子メールで 問い合わせが可能となっている(例えば,レファレンス・デスクはref@nlm,nlm.gov)。 この方式の採用によって,これまでの郵便による2倍以上の数のレファレンス質問が 電子メールで寄せられている.

3.医学図書館におけるInternetの利用

 今年の米国医学図書館協会年次大会(MLA)でのキーワードは,スーパーハイウェー ,NII,HPCC,Internet,ナビゲーションであった.これを反映していたのが,大 会の展示会の”MLA Internet Center”と名づけた大規模なコーナーである。ここ では,Internetになじみの薄い参加者のために,Mosaic,Gopherなどを通じ て,NLMのホーム ページ,ファイル,大学で作られている各種のファイルを容易に 利用できるように,数十台のターミナルが置かれ,多くの人々が各種のサービスを 体験していた。

 また,この横には「マルチメディア教材センター」も設けられた。医学教育におて は画像,音声を取り入れた教育資材が非常に重要視され,その媒体としてこれまでビ デオテープが使われてきたが,近年,マルチメディア教材の開発が進み,数多くの 新しい媒体の商品が市場に現れ,これらが教室において活発に使われるようになっ た。これに対応して医学図書館のLearning Resource Centerにおいてもこれらを収 集し,利用可能にする必要にせまられている。このような新しい教育ソフトウェア はその評価がなかなか難しいが,このように教材を一同に集め,図書館員がそれを 実際に使ってみることによって,評価を下すことが可能となる。

 医学教育におけるマルチメディアの利用についてのワークショップが本年6月にユ タ州Salt Lake Cityのユタ大学で開かれている。ユタ大学では従来,”Slice of Life” と呼ばれる人間の解剖画像ビデオディスクを作成している。これを材料とし て作られたマルチメディア教材をネットワーク環境下で利用する試みや,Internet での電子会議などがこの研究会で発表された。このワークショップの開催はユタ大 学の医学図書館と,教育資源開発センター,医学教育センターの協力で実現したこ とは注目に値する。

 NLMは米国内の医学図書館におけるInternetの導入状況調査を1993年秋に実施して いる.7)NLMのネットワーク(National Network of Libraries of Medicine:NN/LM) の全参加館4,037館にアンケートを送り,3,331館(83%)から有効回答を得た (表1)。 これによると,大学医学図書館は全回答館の16%ではあるが,実に72%が Internetを既に導入している。館数の64%を占める病院図書館ではInternetの利用は 24%にしかすぎない。全体として34%の図書館がInternetにアクセスしている。一 方,親機関のInternetの導状 況は,大学で66%,病院で16%になっており,図書館の方がいずれも高率である。ま た,将来については,10%前後の機関が導入を計画している。いずれにしても,近 年,Internetへのアクセスの可能な機関は急速に増大している。

 また,この調査ではどのようなサービスにInternetを利用しているかを尋ねている。 多くの図書館では,まだ手探りの段階で,最も多い利用形態は電子メールでの回答 (1,105館)の81%であった。そして,次にTelnetによって,外部のデータベースに アクセスする(63%)であり,FTP,Gopherを利用する図書館は半分以下であった。WWW, Mosaicとなると200館以下である。

 MLA大会においても,”Internetの図書館サービスへのインパクト”と題する分科 会が設けられ,6つの演題が発表された.ピッツバーグ大学からはレファレンスラ イブラリアンのInternetの利用状況の小規模調査(1994年1月実施)が報告された .これによると,98%の図書館員が電子メールにInternetを利用しているが,FTP, WAIS, Mosaicなどとなると利用は半数以下で,まだ使いにくいと述べている .Gopherが誕生したミネソタ大学では,Internetを利用した図書館へのレファレン ス質問,複写依頼,相互貸借の申込,検索についてにの質問,貸出図書の期間延長 などのサービスができるソフトウエアを用意して学内で利用している.ミシガン大 学では,教職員,学生に対してInternet教室を開催して,その利用者教育の評価を 行っている.

 いずれの発表者からも,大学内におけるネットワークが非常に複雑に入り組んでい ること,Internetへのアクセス方法が機種により,ソフトウエアにより,そして 対象となるファイルによって千差万別であることなどから,図書館での利用者への Internet教育,あるいは図書館員のnavigator(水先案内人)としての役割が強調 された.

4.Navigatorとしての図書館員

 Internetの環境によって我々は各種のデータベース,ファイルをどこからでも共有 することができるようになってきた.このような状況の中で図書館員はどのような 役割を果たしていくべきなのだろうか.MLA大会の議論や米国医学図書館協会の機 関誌であるBulletin of the Medical Library AssociationのInternet特集号(vol.82 no.4, 1994.10)などを参考に整理してみる.

 そして,図書館としては利用者がネットワークを容易に利用できるようにするため の具体策として,次のことが考えられる.

 今後,重要となるのは各種の情報資源に対する質的評価 quality filteringであろ う8). Internet 上には誰でもが自由に自分でつっくたデータベースを搭載することが可能 である.これによって種々雑多なファイルが存在することになる.従って,図書 館,特にレファレンスサービスではこれらの質の異なるファイルに対して質的評価 をすることが必要となってくる.

 この小論をまとめるにあたっては,Pittsburgh大学図書館情報学部Ellen G. Detlefsen教授から各種の最新情報が電子メールで提供され,図書館情報大学の田畑孝 一教授,杉本重雄助教授とはディジタル図書館についての有用な議論がされ,愛知 淑徳大学水野陽子君には原稿のまとめをお願いした.これらの作業は全てInternet 上で行うことができた.これはまさに,見えない共同研究室 invisible collaboratory 実現の一歩であろう.

参考文献

1) Toni Carbo Bearmanの1994.10.3 図書館情報大学における講演.

2) U.S. Office of Science and Technology Policy, High performance computing and communications: toward a national information infrastructure 1994. 176p. 1994

3) Matheson, N.W. & Cooper, J.A.D.: Academic information in the academic health sciences center: roles of the library in the information manegement. J. Med. Educ. 57(10 pt.2): 1-93,1982. (津田良成他訳 医科大学における学術情報マネージメント.慶應義塾大学 医学情報センター,1987)

4) 野添篤毅:医学図書館と統合型学術情報システムIAIMS.  医学図書館 34(3): 190-200, 1987.

5) NLM resources available via the Internet. NLM News. 49(3): 1-2, 1994.

6) Berry, J.N.: A lesson in leadership from NLM (editorial). Libr. J. 119(3): 90, 1994.

7) Lacrox, E., et al.: Service providers and users discover the Internet. Bull. Med. Libr. Assoc. 82(4): 412-418, 1994.

8) Detlefsen, E., 野添篤毅,酒井由紀子:医学図書館員と医療情報学.あいみっ く 14(10):15-23, 1993.