このような欧米の出版社や学会に比べ、わが国の学会の多くは比較的規模が小さく、独 自に電子ジャーナルを作成するための資力・ノウハウが欠けている。実際電子ジャーナル を発行しているのは日本化学会 *7)、日本生化学会 *8),日本分析化学会 *9),日本物 理学会 *10)、応用物理学会 *11),日本薬学会 *12, 13) などわずかである。文部省の学 術情報センター (NACSIS) が過去分の雑誌についてスキャン・イメージで電子化をおこな い、電子図書館として公開しているが、新規分についてはまだ提供されていない。このよ うな状態ではわが国の学会誌は電子化時代に大きく取り残され、経営の危機をさえ迎えか ねない。
JST はこの事態を打開するため「科学技術情報発信・流通総合システム」と称し、電子ジ ャーナル作成とインターネットでの流通のための共同利用センターを開発することを決定 した。J-STAGE (Japan Science and Technology Information Aggregator, Electronic) と 後に名づけられたこのシステム *14) は図 1 に示したように科学技術論文の投稿から出 版、インターネットでの提供までをカバーする真に総合的なシステムである。現在複数の 学会を支援する電子ジャーナル・システムは米国の HighWire Press *15) に例を見るだ けである *34)。しかし HighWire Press は電子ジャーナルの流通のみを担当し、雑誌の 編集・制作は取り扱っていない。したがって、J-STAGE は世界初の総合的電子ジャーナル システムということができる。なお NACSIS では学会がインハウスで利用する「オンライ ンジャーナル」システムを開発している *16)。J-STAGE は NACSIS のシステムとは引 用文献リンクの提供などを通じて提携する。
図1 J-STAGE のシステム概要図
論文データの入力方法としては紙や単純なテキスト・ファイルのほか、Microsoft Word な どのワープロ・ソフトのファイルがある。また物理学や電気などの分野では数式を記述す るため伝統的に TeX、LaTeX が使われている。また電子ジャーナルの流通 (検索・閲覧) 上 の表現方式としては PDF と HTML が中心となっているので、これらをサポートする必 要がある。
SGML は構造化された情報である。標題、著者名、引用文献などのデータはすべてタグ付 けされている。投稿原稿が TeX で作成された場合は、ある程度のデータのタグ付けがすで になされており、SGML への変換も容易である。しかし MS Word その他で作成された原 稿では、文字のフォントなど表現上のスタイルは定義されていても、論文の標題、著者名 といったデータ項目のタグはまったくない。現実には多くの電子ジャーナルでは、このタ グ付けは編集部・印刷会社が人手でおこなっている。しかし投稿者に構造化されたデータ を投稿してもらえばこの作業は大幅に軽減される。このためわれわれは執筆用のテンプレ ートを準備することとなった。このテンプレートは MS Word 用と LaTeX 用を開発した。 これについては次章で詳述する。
JST では「医療情報学連合大会予稿集」のための FrameMaker+SGML を使った編集シ ステムと、雑誌「情報管理」のための Interleaf を使った編集システムをそれぞれ開発し ている。前者は比較的定型の論文誌に向いており,後者は同一誌内でさまざまなスタイル が混在する学会誌に向いているといえる。J-STAGE としては両者とも活用できるインター フェースを考慮しながらも,需要の大きい論文誌向けに FrameMaker+SGML を中心に開 発することとした。
執筆のためのテンプレートは特定の雑誌紙面を想定して設計される。これを用いて作成さ れた原稿は組版システムに流し込んだとき、自動的にその雑誌紙面のとおりのスタイルに 変換される。これによって組版工程が合理化される。一方そのためには各雑誌毎にテンプ レートを設計する必要があり、これが学会毎のカスタマイズの重要な要件となる。なお QuarkXpress など、その他の DTP システムを使用して版下を作成した場合も PDF デー タと検索用の書誌事項・抄録などが提供されれば、公開・流通機能のみの使用も可能であ る *34)。
図2 テンプレート例
電子投稿は基本的に Web 画面からおこなわれる。これを間違いなくおこなうために、図表 まで含めた投稿ファイルをパッケージ化するツールも準備した。これには投稿票データの チェックも含まれ、データが正しいかとうかを確認してから投稿させるようになっている。 投稿されたデータからはその場で PDF と SGML を作成し、投稿者が内容を再確認でき るようにしている。この機能は現在 LaTeX について可能となっている。この PDF は査 読や審査の際に原稿として使用される。MS Word の場合は rtf ファイルを投稿するが、審 査用にはHTML を同時に投稿してもらう。
なお、これらの開発はまず Windows 環境についておこなわれたが、Macintosh ユーザ用 に MS Word ツールの開発もすすめている。
Web インタフェース上で仮想編集室が構築され、表 3 のような作業がおこなわれる。
これらの工程の一例として示したのが図 3である。このように全面的に Web を使って編集 作業をおこなっている例は世界的に見ても J-STAGE が初めてである。これにより編集工 程の合理化をはかり、郵送事務などをなくすことにより編集部事務局の負担を軽減し、論 文の出版を迅速化することができる。
図3 仮想編集室の工程例
実際に各学会でおこなわれる編集工程はそれぞれ異なっている。こうした工程の差異は各 工程をモジュール化し、工程表に基づき組み合わせて利用することで対応する。実際に運 用する際は、編集者・査読者のデータベースや論文分野を特定する分類表なども搭載し、 メニューもカスタマイズする必要がある。もちろん各学会ごとに用語も異なるので、J- STAGE の標準用語と各学会の用語との対応表も必要となる。また、学会によっては大量の データを一括入力する場合もある。また編集履歴に関するデータはダウンロードして統計 処理する必要もあり、これらの場合に対応するローカル・システムとの csv インタフェー スも開発を行っている。
われわれとしては基本的には可能なすべての方式に対応する考えである。まず JOIS、 PubMed、SPIN については検索方式、APS については Link Manager 方式、STN に対 してはメタ・データ方式を行う予定である。SICI については日本語での実現方式が開発さ れていないので、見送っている。JOIS および STN とのリンクにおいては JOIS の文献 抄録だけでなく、文献複写へもリンクしている。いずれの場合もリンクに用いる引用文献 データの正規化が必要である。これには雑誌名、巻、号、ページや著者名データが含まれ る。これらの記述方法は雑誌毎にことなっているので、それぞれ異なったパージング・プ ログラムを作成する必要がある。
逆引用リンクについては当面は J-STAGE 内の文献に限られるが、将来は外部の電子ジャ ーナルとの連携も進めたい。また外部から J-STAGE へのリンクについては Link Manager 方式のほか、PII を全論文に付与することによって対応する考えである。またメ タ・データによるアクセスにも対応したい。
検索機能は和磁英とも通常の電子ジャーナル・レベルのものを用意している。図 4 に検索 ページに見本を示した。検索用の書誌事項や抄録データは基本的に投稿票に書かれたもの を対象としている。全文検索については SGML データから索引を作成している。また過 去データについては各学会でイメージ・スキャンにより PDF 化している場合もあるので、 これらについても搭載していく考えである。この場合はイメージなので全文検索はできな い。米国では OCR によって光学スキャンデータから全文ファイルを作成している場合も 多い *30) が、これは各学会の努力を待つことになる。
図4 検索画面例
[2]American Chemical Society, http://pubs.acs.org/web_lst.html
[3]Royal Socieity of Chemistry, http://www.rsc.org/is/journals/current/ejs.htm
[4]American Institute of Physics, http://www.aip.org/ojes.html
[5]The Institution of Electrical Engineers, http://www.iee.org.uk/menus/pubs.htm
[6]The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc., http://www.ieee.org/products/periodicals.html
[7]Bull. Chem. Soc. Jpn, http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/csj/journals/bcsj/
[8]J. Biochem., http://www.bcasj.or.jp/jb/jbshome/jbs-home.html
[9]Anal. Sci., http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/jsac/analsci.html
[10]J. Phys. Soc. Jpn., http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/jps/index-j.html
[11]Jpn. J. Appl. Phys., http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/jsap/
[12]Chem. Pharm. Bull., http://cpb.pharm.or.jp/
[13]Biol. Pharm. Bull., http://bpb.pharm.or.jp/
[14]J-STAGE, http://www.jst.go.jp/jstage/
[15]HighWire Press, http://highwire.stanford.edu/
[16] 大山敬三、神門典子、佐藤真一、「NACSIS オンラインジャーナルプロジェクト」、情 報の科学と技術、49(6), 295-300, 1999.
[17]「インターネットマルチフィード株式会社」の設立について、株式会社インターネット イニシアティブ、日本電信電話株式会社、http://www.iij.ad.jp/whatsnew/imf.html
[18]William Robert Stanek, "Authoring Tools", PC Magazine, September 20, 1998 <http://www.zdnet.com/filters/printerfriendly/0,6061,348843-3.html>.
[19]森田歌子、石黒裕康、千葉吉一: 「『情報管理』誌 SGML 編集システム - 冊子体、全 文 DB、 電子ジャーナルの同時作成」、情報管理、41(6), 445-459, 1998.
[20] 島田純子、飯島邦夫、浅野光基、森田歌子、「デジタルコンテンツの活用事例 -HTML- 「情報管理」誌を例として」、情報管理、42(3), 246-256, 1999.
[21]FrameMaker+SGML、http://www.adobe.co.jp/product/FrameMaker/main.html
[22]"The NLM PubMed Project", http://www.ncbi.nlm.nih.gov/PubMed/overview.html
[23]http://www.chemport.org/html/english/concept.html
[24]"Frequently Asked Questions about the APS link manager", http://publish.aps.org/linkfaq.html
[25]Los Alamos National Laboratory", ONLINE, 23(2), 34-42, 1999.
[26]Thomas Pack; Jeff Pemberton; "A harbinger of Change: The Cutting-Edge Library at the L)梅田和江、「JSTOR プロジェクトについて」、薬学図書館、44(3), 266-274, 1999.
[31]日本流体力学会、http://www.nagare.or.jp/journals/mm/
[32]大学病院医療情報ネットワーク, http://www.umin.ac.jp/
[33]日本金属学会, http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/jim/
[34]三原勘太郎、「スタンフォード大学図書館オンラインジャーナルプロジェクト: HighWire Press」、薬学図書館、44(2), 137-145, 1999.