行政側からみた統計の意義については、北田[1]が大変詳しいので、説明を省略する。筆者の業務は、定期的 に購入する経済マクロデータを経済学の研究者に使ってもらうだけことなので、経済学の研究上、いかに経済統 計が重要かについては、筆者はまだあまり把握できていない。ただし、経済統計の利用に際しての注意点がある。 ひとつは、新しいデータを追加すること以外に、旧い統計データの訂正が行われている恐れがあるという事であ る。日本の統計を扱う際にはあまりみられないが、例えばインフレーションで通貨の単位が変わった場合(ブラジ ルをはじめとする南米各国など)、周辺国と貿易自由地域を作った場合(ルクセンブルグとベルギー)など、明確な 理由で訂正がなされている事がある。しかし、単なる入力ミスなのか知らぬ間に訂正がなされている事もある(筆 者の経験ではIMF統計には多い)。これは、数値データベースのみを扱っている場合に、手元に集めたデータが 役立たなくなる事があるということを指す。もうひとつ、データと解説が遊離する事があるということである。2章で くわしく述べるが、経済統計はいくつものメディアから利用者の事情に合わせて利用する事ができる。ただし、数 値だけを集めていると、前述の「データの変更」をはじめ、さまざまな解説を見落とす事になる。さらに、加工統計 とよばれる、原数値から統計事業主体が計算を施した後のデータ群を使う場合には、とくに注意をはらう必要が あるだろう。メディアによっては、統計と解説が離れ離れになっていることがあるが、1次資料ともいえる政府刊行 物の雑誌ならば、統計データとグラフと解説を一度に見る事ができる。ただし、従来いわれているように、別名灰 色文献ともいわれる政府発行の雑誌に、一般の人が触れる事は比較的難しいのではないかと考えられる。
ところで、経済学の研究者が必要なデータにアクセスする場合の典型例を挙げておこう。彼らは、おそらく自ら の先生がされた方法を踏襲していて、研究テーマに関連すること、つまり調べたい経済統計の調査項目とそれが 載っている雑誌、あるいはその調査頻度までよく知っている。マクロデータにはいろいろな種類があるが、たいて い同じ調査項目に何度も繰り返しアクセスするようである。そして、私の勤め先でも購入している日経NEEDS-MT[注1]のデータ説明書の目次も、金融とか労働とか大まかな分類さえわかったら、あとは、雑誌名からたどっ ていく事になる。残念ながら、このデータ説明書[2]はこの1通りのアクセス方法しかなく、索引がないので、調査 項目からは調べることができない。「統計情報インデックス」[3][注2]とかかなり前に出版された「経済分析のた めのデータ解説」[4]などのディレクトリをみれば、調査項目から特定系列への手がかりも得られるかもしれない が、説明書のつくりにとらわれるせいか、上述の通り多くの研究者はそのような調べ方をしないらしい。
以上が経済統計をとりまく概略である。官庁統計の提供方法の詳細は佐藤[5]を参照して欲しい。もしくは、総 務庁統計局のホームページ[6]がタイムリーである。ただし、今後は徐々に経済統計の世界をとりまく状況がか わるだろう、ということを念頭に次の章に進む。
従来ならば、マクロデータについては、政府発行のそれぞれの雑誌に目を通すのが即時的と考えられていた。 ただし、日経NEEDSのように会員になればアクセスできるデータベース商品という手段もすでにある。企業情報 でいえば、東京商工リサーチや帝国データバンクの提供する情報が、パソコン通信で得られる。日経NEEDSに はいろいろな媒体のいろいろな分野の商品がある。私の勤務先で購入しているデータベース磁気テープの1つ が日経NEEDS-MTの総合経済ファイルという商品で、これは1年に1回更新されており、時系列データを手元に おけるのが長所である。
ほかに、日経NEEDSの即時的な商品、日経NEEDS-DataGearはパソコン通信で利用できてこれは過去2年 分くらいのデータを得られる。日経NEEDSは、統計公表後1、2日で入力完了するという事なので、この商品の 会員になっていれば即時的なデータが得られる。日本貿易振興会のJETRO-ACEなどのデータもパソコン通信 (またはインターネット)で利用できる。そして、政府刊行物についても、CD-ROM付きになったり、CD-ROMを冊 子体とは別に発行する場合が出てきた。例えば、企業情報を得たい場合、各企業が大蔵省に提出する有価証券 報告書を見ることになる。筆者の勤務先には冊子体で有価証券報告書があるが、これは津々浦々の一般の書 店にもある代物ではない。さらに大蔵省はCD-ROM版を制作・販売しているが、普通はせいぜい数社分しか必 要でないから、高い代金を払ってこれを購入するわけにもいかない。このことから、現在パソコン通信であるよう な「必要な分だけダウンロードして代金を払う」決済方式がより浸透することになるだろう。
最近は、各省庁のインターネットホームページで主な経済統計を発表するようになった。政府以外の機関、例え ば日本銀行は短期プライムレートなど数値データも短観などの解説文も載せているし、日本百貨店協会などい わゆる業界団体もホームページで公表しているので、即時的なデータについては、いち早く無料で手に入れる事 ができる。ただし、時系列データを旧い分から一挙に手に入れるというわけにはまだいかない。
例えば、自動車販売台数の車種別内訳が、雑誌に載るよりも、磁気テープのデータベースが来るよりも先に、 インターネットで見る事ができる。ただし、旧いデータについては、現時点では他の入手方法を当たる必要がある。 それは、雑誌で見て手入力するのでもよいかもしれない。あるいは、磁気テープからコピーしたものとデータ併合 すればよいかもしれない。ただし、前述の通り、「いつの時点のデータか」を明らかにした上で扱わないといけない。 なぜなら、遡及的なデータ変更はごく頻繁に、利用者が見落としそうなほんの少しの注意だけで行われ、さらに 悪いことに、数値データだけを見るとその注意の存在がわからないことが多いからである。つまり、いつも新しく 正しいような時系列データが必要であることを再認識する必要がある。
ちなみに、各省庁や日本銀行、各業界団体のホームページを見比べると、おおよそ次のことが言える。ホーム ページ構成がきちんとしているかどうか、データ転送速度が速いかどうか、データのダウンロードが簡単にできる か、によって歴然と甲乙がつけられるということである。ホームページ構成がたいへん見にくく、画像ファイルがな いにも関わらずデータ転送速度が遅いとなると、使い勝手が悪いという判断がされる。データのダウンロードにつ いては、研究者は、今の手元のパソコン環境からMicrosoft社のExcelのフォーマットでダウンロードできるのが もっとも良いと考える。これは、我々の職場での統一環境として提供しているので、ある種の身勝手さも否めない が、利用者はたとえ我々が、「plain textのタブ区切り形式のファイルのコピー&ペーストがホームページからでき る」ことを伝えても、それをたいへん億劫がり、意見を受け付けないものである。
ここで、現在インターネット上にある、いわば経済統計指標のディレクトリを紹介する。総務庁統計局統計センタ ー、電猫[7]、高知大学[8]、愛媛大学[9]である。その他のリンク集については、「リンクのリンク」になっているも のが多かったようであるので割愛する[注3]。また、冊子体を使っての探索方法についても割愛する。外国統計 については、NetEC[10]が権威であろうと筆者は考えているので、本論文では日本のマクロ経済統計を中心に 扱う。今回4つのリンク集それぞれについて、統計の探索例を示すために、共通の例題をあげて説明する。
[例題1] 平成10年11月の日本の完全失業率を知りたい。
[例題2] 平成10年12月31日現在の日本の公定歩合を知りたい。
・総務庁統計局統計センター
いわずとしれた、統計行政の中心である。なぜなら、総務庁統計局(そのうち統計基準部という部局)が統計法そ の他関連法に基づいて、各省庁あるいは、都道府県が行う統計のコーディネートをしているからである。ここのリ ンク集は、リンク切れも少なく、統計全般についての情報が得られる。
[例題1の答]
なんらかの方法で、当該の経済指標「完全失業率」が、「総務庁統計局が実施している労働力調査」に含まれて いることを知っていれば、総務庁統計局統計センターのホームページからたどっていくことができる。このページ 内を検索すると労働力調査の11月分がリンクされていた。リンクをたどると、概要が載っており、その中に季節 調整済の完全失業率が載っていた。またMicrosoft Excelの表が14つリンクされており、そのうち「第9表 世帯 主との続き柄別完全失業率」と「第11表 年齢10歳階級別完全失業率」は過去10年分の年平均の時系列デー タをも得られ、求めていた経済指標に関する加工データであるといえる。また、ここまでのたどり方でみたページ は、同じく総務庁統計局統計センターホームページの「統計データ」の「労働力調査」の中の「最新月の結果」とた どった場合と同様のページになる。
[例題2の答]
なんらかの方法で、当該の経済指標「公定歩合」が、「日本銀行」から発表されているとわかれば、日本銀行のホ ームページからたどっていくことができる。「金融経済統計資料」から「公定歩合の推移」を見る場合、または「時 系列データのダウンロード」から「各種金利/textファイル/ 公定歩合、国内銀行貸出約定平均金利、長・短期プ ライムレート」をクリックし、textファイルをダウンロードする場合がある。後者の場合は、textファイルだが、TAB 区切りファイルとして過去20年分についての情報を得ることができた。
・電猫
電猫は個人のひと1人が、余暇を使ってやっているボランティアサイトであり、経済統計指標名からの索引が引 ける点では、他とは全く違うオリジナリティをもっている(電猫2という名前の索引ページ)。各統計発表団体から のリンクの許可を受けたページのみをリンクしている。また今のところは、このリンク集の作者本人が選んだ主な 経済統計指標を中心にあつめていて、これで十分と言えるが、利用者の要求に応じてさらに経済以外のリンクを も増やすべく計画中とのことである。主なホームページ構成は、電猫1(電猫フロントページ)、電猫2、電猫3、電 猫4である。
電猫1は、「短期情報」の「物価」の「消費者物価(総務庁)」といったように、大まかな分類から順に調査名まで の探索をし、そこからリンクをたどる形式で、前述の通り、研究者にはおなじみの方式である。電猫2は「指標名・ 景気用語による索引とキーワード検索」という副題がついている。指標名、収録資料(統計)、公表元、現リンク先 についての表形式になっている。この形式は、指標名が五十音順に並んでいて、指標名が先頭に来ているところ がわかりやすい。一般の利用者には比較的使いやすいものと思われる。電猫3は「景気・経済情報の公表時期 と作成機関等」という副題がついていて、要するに、月次データの統計発表のカレンダーと年次データや白書の 発表時期を示す表になっている。また、発表元の問い合わせ先も紹介されている。この電猫3は[4]に比べると 発表団体の情報が新しいのでたいへん参考になる[注4]。電猫4は広く経済関係の団体・機関等についてのリ ンク集になっている。
[例題1の答]
まず、電猫1で調べてみるが、「完全失業率」なるキーワードでの検索ができなかった。次に、電猫2で調べると、 「統計局」の「労働力調査」へのリンクがあり、直接当該ページへのリンクがされていた。さらに、Excelのファイル でデータが得られた。電猫3では、情報が得られなかった。電猫1に戻ってみると、この経済統計指標は、解説 がないことになっているが、実は簡単な解説文がついている。つまり、電猫としては、解説と統計は二律背反の 概念として取り扱っているということがわかった。
[例題2の答]
例題1と同様に、電猫2までやってくると、「日銀」の「公定歩合」へのリンクがあった。ここからは、日本銀行のホ ームページの「金融経済統計資料」というページにリンクされていて、ここから公定歩合が載っているページへの たどっていくことができる。
・高知大学 (社会・経済統計リンク集)
高知大学のリンク集は、木下滋・土居英二・森博美編著『統計ガイドブックー社会経済(第2版)』大月書店 (1998)という本に載っていた機関のリンク集と考えて良い[注5]。またところどころリンクが切れていて、管理がそ れほど行き届いてないのが残念である。高知大学人文学部社会経済学科友野哲彦氏と氏の授業を受講した学 生の共同作業になっている。
[例題1の答]
「失業」というカテゴリから「日本労働研究機構」[11]へのリンクがあり、その中の「失業・雇用保険」に載っている ことが試行錯誤的にわかった。ただし、見たところ、平成10年の10月分までしか載っていなかった。
[例題2の答]
「金融」というカテゴリから「預金種類別店頭表示金利の平均年利率などについて」へのリンクがあり、ここに載っ ていることが試行錯誤的にわかった。実は電猫の場合と同じページへのリンクだった。
・愛媛大学 (統計リンク集)
愛媛大学のリンク集は、大蔵省など省庁単位のリンク集になっている。愛媛大学法文学部総合政策学科佐藤智 秋氏と氏の授業を受講した学生の共同作業になっている。「中学生から専門家まで幅広く利用できるよう使いや すいリンク集」という目標を掲げている。Excelファイル添付つきという注があることがある[注5]。
[例題1の答]
「人口・土地・労働・物価に関する統計リンク集」から「総務庁統計局」のホームページへのリンクがあった。リンク はここで終ってしまっているから、あとは自力に頼るしかないのである。
[例題2の答]
「財政と金融に関する統計リンク集」から「日本銀行」の「金融経済統計資料」へのリンクがあった。こちらもリンク がここで終ってしまっているから、あとは自力ということである。
また、一度公表されたデータはその解説と離れ、浮遊した格好でデータベース化され、商品になっている。単な るデータの並びに著作権はないというが、将来、今回扱ったような経済統計指標に関するディジタルライブラリを 構築するにしても、「いつの時点のどのような種類のデータだったか」という痕跡がないことには、真偽のつけよう がないだろう。おそらく、データのコピーの際の「電子透かし」[12]技術が発達すれば、統計データの流通がより 進むものと考えられる。いちはやく、タイムスタンプ付きのファイル提供方式が確立されることを望む。
2章で述べたように、「使った分だけ代金を払う」方式がより進むならば、図書館界への影響として、文献データ ベースの使用料問題の次に、数値データベースの使用料を利用者に貸すかどうか、どのように課すかという議 論が起こることは必至である。
今後の議論対象となる本論文の関連テーマとして、マクロデータを扱うソフトウェアの話題、経済マクロデータの 利用者の動向が挙げられる。前者については、ソフトウェアの現状(種類や、利用目的)や開発者間の連携の展 望を取り上げたい。利用方法が学術目的の域をでないとするなら、それぞれのソフトウェアの長所を生かして連 携させることが、ソフトウェアの開発コストを減らし、ひいては本来の研究の時間を無駄にしないだろうという狙い がある[注7]。後者については、資料、データと研究者を取り持つ者としては、筆者ら情報サービスをする立場の 人間は、データ属性ばかりに目を向けていた姿勢を大いに反省し、研究者の狙いを確実に引き出すとともに、研 究者の負担を減らすべく努力する必要から取り組む意向である。
最後に本論文でのインターネットの調査は平成10年末の状況であることをご注意願いたい。とくに、本論文で 扱ったホームページのアドレスの移動等については筆者の範疇の外とし、読者の方々に不便を与える事態につ いてはご容赦願いたい。
[注1] 日本経済新聞社とそのグループ会社から出ているさまざまな「日経」の名を冠するデータベース商品の 1つ。磁気テープで受け入れている。
[注2] インターネットでも利用することができる。[13]
[注3] 例えば、総理官邸の「統計情報」[14]というリンク集は、比較的使いやすいリンク集であるが、残念なが らそのページに含まれていない省庁もあり網羅的とは言えないし、経済統計の分野ではごく一般的な経 済統計発表団体である日本銀行や各業界団体への直接のリンクはないのが現状である。
[注4] 逆に、[4]は調査の所轄官庁の変更や調査名の変更からは全く取り残されてしまっているから、フルに 活用することができない。またこの本の改訂版の出る予定はない。
[注5] 数ある経済統計ガイドブックの中でもペーパーバッグで情報も新しく、字も大きめなので初学者にも扱い やすいものと言える。
[注6] Lotus 1-2-3や他の表計算ソフトウェアのフォーマットで提供されている場合もあるので、これが全く Miicrosoft Excelで使えないこともないから、「利用可能なデータ」情報としては網羅的ではないかもしれ ない。
[注7] 実は、日経NEEDSの便利な索引というのはいくつかの機関で実用化されているそうだが、それがそれ ぞれどのような範囲の、どの程度実用に耐えるものかは、今後調査が必要である。そして日経NEEDS 関連のソフトウェアは、日本経済新聞社の販売するNEEDS-FAMEという製品以外にも開発し、実用化さ れている。
[2] 日本経済新聞社データバンク局. 日経総合経済ファイルデータ説明書. 日本経済新聞社.
[3] 総務庁統計局. 統計情報インデックス(市販本版)1998年版. 日本統計協会. 1998.
[4] 日本経済新聞社日本経済データ開発センター. 経済分析のためのデータ解説(改定3版). 日本経済新 聞社. 1983.
[5] 佐藤正昭. 統計情報の提供について. オペレーションズリサーチ. 1998年4月号. pp.11-16(1998).
[6] 総務庁統計局・統計センター http://www.stat.go.jp/
[7] 電猫 http://www.asahi-net.or.jp/‾cu4w-kwsm/fwb11j.htm
[8] 社会・経済統計リンク集(高知大学) http://iii.cc.kochi-u.ac.jp/‾tomono/40.html
[9] 統計リンク集(愛媛大学) http://greenwood.cpm.ehime-u.ac.jp/sato/link/index.shtml
[10] NetECの日本でのミラー(一橋大学経済研究所内) http://netec.ier.hit-u.ac.jp/
[11] 日本労働研究機構の統計調査速報 http://www.jil.go.jp/statis/CONTENTS.htm
[12] 山中喜義. 電子透かし技術と著作権保護への適用における課題. 情報管理. Vol. 40. No. 10. pp. 933-940(1998).
[13] 統計情報インデックス(インターネット版) http://www.stat.go.jp/042.htm
[14] 総理官邸の「統計資料」 http://www.kantei.go.jp/jp/toukei.html