まず創造的思考のモデルを提案する.そして,人間の創造的な思考には,思考 の制約となっているものを変更することが有効である,ということに基づき, そのような思考の制約をユーザが変更することを支援するシステムを考察する. 本研究では,思考の制約のうち,記憶の想起の障害となっていると考えられる, 思い込みによる想起の障害,時間的経過・順序による制約を対象とした.
システムが扱う情報源として,ユーザの日常の研究活動において書き貯められ る研究メモを利用した思考支援システムEn Passant 2を構築した.ユーザは, ノートをスキャナでシステムに入力し,入力したノートに後でそのノートを見 つけられるように,ユーザが思いつくインデックスをつける,ということを日 常行う.システムはページ間の類似性をユーザがシステムを使用していない時 に計算しておく.この類似性は,ユーザがノートにつけたインデックスと,ユー ザが宣言するインデックスに関する関係を利用して算出する.ユーザはじっく りとノートを見直して考えたい時は,システムが提示するリストや類似性を距 離にしたページの空間配置を参照して,現在の問題意識に合った過去のページ を探して参照することができる.
大学院学生4人の被験者がシステムを継続的に使用する実験を行い,システム 使用の効果が観察された.
The objective of this research is to enhance the human creativity with computers. This paper deals with a scientific creativity. In order to aid the process of creative thinking, we have implemented a system named En Passant 2, which stores the user's research notes. The user can put his/her own mark as an index onto his/her notes in the system. The unique feature of En Passant 2 lies in the function to deal with indices and a time attribute of the user's thought explicitly. Using indices and time information, the system shows the user's notepads related to his/her awareness of the issues. The recall of his/her memories in present context makes a collision of two contexts, and that triggers the user's creativity.
We have carried out several experiments and show the results.
筆者らは,人間の創造的な思考を支援するために,創造的思考のモデルを提案 し,そのモデルに基づいて,日常の研究活動において書き貯められる研究メモ を蓄積し利用する支援システムを構築してきた.本論文では,そのシステムと, システムを用いた実験について述べる.
Fig. 1に,FinkeのGeneplore Modelを元 にした,本論文で用いる創造活動の過程を示す.Geneplore Modelは,図中の ConstraintsとGenerative Phase,Exploratory Phaseの関係で説明されている. 本論文での思考過程のモデルは,これにMeta-Constraintsを加え,更にWallas が分けた創造活動の4つの過程を重ねる.
Wallasの分類における準備期では,知識を収集し,仮説生成・検証を繰り返す ことによって新たな解を探求するので,制約に基づいた生成フェーズと探索フェー ズを繰り返す.その際,いかにして有用な知識を収集するかが大きな問題とな る.
Bodenは,創造的思考を概念空間の操作として考え,概念空間の変換による変 化が大きな創造性を生じさせるとしている.ふ化期では,Bodenのいう概念空 間の変換を起こすために視点の変更が必要となると考えられるので, Geneplore Modelにはない制約の変更を行うための機構(メタ制約)によって, 制約の変更が行われる.
啓示期は,ふ化期に行われた視点の変更によって新たな仮説を生成する生成フェー ズである.
実証期では,実証のための生成フェーズと探索フェーズを繰り返す.
システムの使用者は研究者とした.システムが扱う情報源として,ユーザであ る研究者の日常の研究活動において書き貯められる研究メモを利用した.これ は,
などを理由としている.
研究メモが書き蓄えられていくことに伴い,その研究者の思考空間が広がると いうことが期待される.このことを本論文では研究メモの蓄積効果と呼ぶ.そ して,システムがユーザである研究者に記憶の想起の障害となっている制約を 変更する刺激を与えることによって,ユーザの概念空間の再構造化や,概念空 間内でのジャンプが起きることを期待する.このようなアプローチで研究メモ の蓄積効果を増幅する.
システムは,ユーザとのインタフェースであるWriting Pad 2とオフライン処 理をするMark Daemonから成る.Writing Pad 2は更にMain Window,Page Window,Adviserのモジュールから構成される.Main Windowには,ユーザの入 力したページを時系列に並べたリスト,ユーザがインデックスとして用いるマー クなどが表示される(Fig. 2).Page Window はユーザのノート1ページに相当するウィンドウである( Fig. 3).Adviserはページ間の類似性を距離にしてページのタイトルの アイコンを空間配置して表示する.Mark Daemonはそのページ間の類似性をオフ ラインで計算する.
ここでは,博士課程3年の大学院学生が8ヵ月にシステムを使用し,90ページの ノートを入力してある時点での実験について簡単に述べる.被験者は,博士論 文を執筆しているので関連研究を見直したい(記述洩れがないかを確認したい) という問題意識を実験を開始する際に持っていた.
(2) 現在から100日前までに書かれたノートで,マーク“Norman”と “Vygotsky”がつけられたものを表示させる
(3) ノートが書かれた範囲を無制限にし,同様のマークがつけられたノートを 表示させる(Fig. 4)
(4) Adviserに表示されたページ1のアイコンをクリックすることでページの内 容を参照する
(5) ページ1と内容的につながりのあるページ2〜4を順に参照していく
まず,被験者はAdviserを開いて関連研究と関係のあるマークのつけられたペー ジを表示させた.100日前までという条件で,表示されるページ数が多くなり すぎないように調整している.しかし,この条件では該当するページが4つで, 被験者は少なく感じている.そこで,時間の範囲を無制限にし表示し直した. 前回の表示より1つのページ(ページ1)が表示された( Fig. 4).2つの表示 の差であるページ1に被験者は注目し,そのページの内容を参照した.内容的・ 時間的につながりのあるページ2〜4を参照していった被験者は,ページ4を参 照した時に驚きの声をあげた.このページの関連研究の記述の記憶は被験者に は無く,かつ,現在考えている問題に関連する記述であった,ということであっ た.被験者はこのページを入念に読み返した.
ここで述べた実験を含む,行った全て実験を通して,
などのシステム使用の効果が観察された.
[2] Boden, M. A. The Creative Mind - myths and mechanisms. George Weidenfeld and Nicolson, London (1990).
[3] Finke, R. A., Ward, T. B., and Smith, S. M. Creative Cognition. The MIT Press (1992).
[4] Hori, K. A system for aiding creative concept formation. IEEE Transactions on Systems, Man, and Cybernetics, 24(6), pp.882-894 (1994).
[5] Hori, K. A model for explaining a phenomenon in creative concept formation. IEICE Transactions on Information and Systems, E76-D(12), pp.1521-1527 (1993).
[6] Wallas, G. Art of Thought. Harcort Brace, New York (1925).