電子図書館員の仕事とその道具 山本 毅雄 図書館情報大学 〒305 茨城県つくば市春日 Tel: 0298-52-0511 Ext. 306 Fax: 0298-52-4326 E-mail: yamamoto@ulis.ac.jp 概要 各家庭まで高速情報通信ネットワークが到達し、マルチメディア電子図書のための技術が確立 した未来の時期に、図書館の多くはマルチメディア図書を対象とする図書館(電子図書館/ ディジタル図書館)としての性格を強く持つようになろう。そのとき、そこで働く電子図書 館員はどういう道具を用いて、どういうサービスを提供するかを予測した。ネットワーク・ナ ビゲーション・パイロッティング、コオペラティブ・サーチ、コオペラティブ・トランスレー ション、ネットワーク読み聞かせなど、多くの仕事が、ここで提案される「ネットワーク・リ ファレンス・ サービス・システム」と呼ぶ一種のCSCWツールを使って可能になる。また、 電子図書館における情報創造・情報発信の重要性を指摘し、電子図書館の運用上留意すべき点 を予想した。 キーワード: 電子図書館; 電子図書館員;ネットワーク・リファレンス・サービス・システム; CSCW; ゲートウェイ・ サービス; ネットワーク・ナビゲーション・パイロッティング; コオペラティブ・サーチ; コオペラティブ・ トランスレーション;ネットワーク読み聞かせ;電子図書編集者;電子図書出版者;電子図書エージェント; ネットニュース;プライバシー;電子変装 The Digital Librarian: Work and Tools Takeo Yamamoto University of Library and Information Science Tsukuba Academic City, Ibaraki 305, Japan Abstract A technological and socioeconomic look into the future predicts that many libraries will effectively become multimedia digital(electronic)libraries. The work and tools for a librarians in such a digital library --- a digital librarian --- are discussed. A CSCW(Computer Assisted Cooperative Work) tool, which is proposed here and called "network reference service systems" will enable the digital librarian to serve users on the network in various modes, including network navigation piloting, cooperative search, cooperative translation and read-aloud on network. The importance of information creation and output in the digital library is pointed out. Ways of promoting privacy and security for the user as well as the librarian are also discussed. Key Works: small Digital Library, digital librarian, network reference service system, CSCW, gateway service, network navigation piloting, cooperative search, cooperative translation, network read-aloud, digital book editor, digital book publisher, digital book agent, netnews, privacy, electronic disguise 1. はじめに 技術の進歩は急速であり得るが、社会組織やそれにたずさわる人間の変化はゆるやかであり、長 い準備期間が必要である。しかしそれは逆にいえば、社会組織の将来計画や、それを支える人間の教 育・訓練には、現在の制限や細かな問題点、あるいは一時の流行や動揺を越えて、遠い未来を見通し つつ取り組んでゆく必要があることをも意味する。 ここでは、次のような状況での図書館の変貌を予測し、その時の図書館員の役割と、それを支える 道具はどのようなものであろうかを考えてみたい。すなわち、 ・マルチメディア電子図書のための技術が確立している。 ・そのための社会的投資が行われている。 ・国内では各家庭まで高速情報通信ネットワークが到達している。 ・国際的にも、すべての先進国・多くの開発途上国を結ぶ 高速ネットワークなどの情報基盤が確立している。 ・これらを介してアクセス可能なマルチメディア電子図書が普及している。 このような時期は、最近の電気通信審議会の予測(*1)でも、わが国にあって2010年ごろとされて いる。技術的・社会的・経済的な環境の変化によっては、これよりずっと遅くなることも考えられ る。しかし遅かれ早かれ、また世界の他の国・地域にあっても、そのような時期が来ることはほぼ必 然であろう。 1.1 図書館の変貌:内因と外因 図書館は、内的な要因としてのマルチメディア電子図書の普及、外的要因としてのわが国の人口構 成の高齢化と、それにともなう、あるいは他の要因による財政負担増によって、激しい変化を遂げ ざるを得ない。 1.1.1 内因:マルチメディア電子図書の普及 筆者の考える電子図書の定義と、その考えられる応用、現在の形態の図書との比較、これらがどの 種の図書館にどのような影響を及ぼすか、などの問題については、別に詳しく論じた(*2)ので、ここで は簡単に結論を述べる。 個人が楽しみで読む、あるいは所蔵するための媒体としての、現在の形態の「本」は生き残るであ ろう。かえって隆盛になっているかもしれない。これを保存し、展示し、利用に供することを主目的 とする図書館には、それなりの意義と、需要が存在するであろう。 研究や仕事に用いる図書の大部分は、理工系のみならず人文・社会科学系でも、きわめて多くが電 子図書化されよう。したがって、研究図書館としての大学図書館、・専門図書館などは、一部の資料 館的用途を除き、現在のようなハードコピー中心の形態では存在し得ず、電子図書に対応した組織と ならざるを得まい。 学習図書館としての大学図書館の機能は、電子図書と在来型の図書の両方を視野に入れる必要があ ろうが、時間の経過とともに電子図書の比重が増してくるであろう。 公共図書館でも、辞書・百科事典・大全集・資料集などのいわゆるリファレンスブックは、多くが 電子図書化されようし、娯楽のための電子図書ももとより多くなるであろうから、電子図書への対応 は必須であろう。 1.1.2 外因:人口の高齢化と財政負担増 よく知られているように、わが国の人口構成の高齢化は急激であり、社会保障・福祉のための負担 だけをとっても、今後国民に大きな負担がかかることが予想されている。さらに、現在までの国ある いは地方自治体の財政も、国債・地方債に多くを依存しており、経済成長のない環境、あるいは円安 環境下では厳しい負担となりうる。 危機における日本人(には限らないのかも知れないが)の歴史的行動パターンは、たとえば186 8年の明治維新、1941年の太平洋戦争開戦、1945年の敗戦、より近くは1960年の安保条 約改定や1987年の国鉄民営化などの際に典型的に見られるように、次のシーケンスに代表される ものである:・声高に議論が行われるが、多くの人は黙っており、ぎりぎりまで不利を忍び、我慢す る。・ある事件をきっかけとして、大多数のコンセンサスが成立し、それまでの議論にはほとんど無 関係に、それまでの常識ではきわめてドラスチックな多数派の行動が、大衆的に是認される。・これ に対する反対派は、ほとんど有効な異議申し立てができず、多くは黙って流されるか、豹変して協力 する。 最近、行政改革や規制緩和がさまざまに論議されているが、上述のような国民負担増に対して、著 効のある対策が事前にとれるだろうか、どうか? いずれにしろわが国では、将来いつの時にか、1980年代の米国で起きたいわゆる「納税者の反 乱(Taxpayers' Revolt)」などとは比較にならない大掛かりな、公共・準公共サービスのすべてにわ たる再検討が行われる時が来ることは間違いあるまい。その折には、公共図書館はもとより、大学図 書館、専門図書館なども、根底からその存在意義とコスト・ベネフィット、将来性が問われ、(もし それまでにみずから変貌していなければ)変貌するか、最悪の場合は消滅せざるを得まい。 1.2 新しい図書館像・図書館員像の確立 図書館の資料が電子図書化するということは、個々の図書館の蔵書が目に見えなくなる(館所有の データベースとなる場合)、あるいは無くなる(他館あるいは他センターにアクセスする場合)、と いうことである。当然、そこへ利用者が(物理的に)集まって来ることもなく、また大きな建物が必 要なわけでもない。 それにもかかわらず、そのような将来に、どうして図書館が必要なのか、どんな役に立つのか、図 書館員は何をするのか、どういう訓練と、どういう資質が必要なのか。これが現在問われていること であり、本論文は、それに対する部分的な回答の試みである。 2. マルチメディア電子図書館の特徴 では、マルチメディア電子図書が普及したとき、図書館はどのような形になるのだろうか。 2.1 資料の大量化・多様化 マルチメディア電子図書は、在来の図書に比べて場所をとらないし、データ作成もますます容易に なるので、1件当りが大量になりがちである。さらに、貯蔵のためのコストはまだまだ下がり、耐用 年数も増すであろうから、いったん電子図書化されると消去しなくなり、過去のデータが長期間保存 されることになって、時がたつにつれてアクセスできる電子図書全体の量と種類は増大の一途であろ う。 2.2 資料の分散 これらのマルチメディア電子図書(電子図書館における主要な情報資料)は、ネットワーク上にあ りさえすれば、どこからでもアクセスできる。ということは、1ヶ所に集中することも、多くの所に 分散することも、技術的・コスト的には可能だということである。現在は立ち上がったばかりの所 で、小規模な電子図書のデータ源が世界中に分散しているが、将来これが分散に向うか、集中に向 うのかは、きわめて興味ある、かつ重要な問題である。集中の効果、競争と分散に導く人間や組織の 天性など、さまざまな要素があるが、ここでは、比較的少数の大規模データ源と、多数の特殊データ 源・小規模データ源の共存となろうと予想しておく。 2.3 資料の国際化 ネットワークは国境を知らないとよく言われるが、これまでの経過を見るとこれは必ずしも正確で はない。しかし、ネットワークのおかげで国境が低くなり、情報の流通が極めて活発になったことは 明らかである。今後もこの傾向は続いてゆくであろう。 2.4 利用者の多様化 これは、予想というよりは、むしろ希望である。図書館が広く支持されるには、多様な利用者をも ち、広い支持基盤があることが必要である。電子図書館では、後でのべるように、新しい資料と新し いサービスの提供により、これが可能になるチャンスがある。また、図書館の基盤となっている組織 の変化によっても、利用者の多様化がもたらされる可能性がある。 たとえば、地域住民の大学図書館利用、非専門家の専門的電子図書利用(医学・薬学のデータベー ス・環境情報など)、高齢者や障害者の利用、外国人の利用など。 遠隔地からの利用が楽になることで、たとえば地域住民でない人から郷土史や観光案内についての アクセスがあったり、自館独自の資料に対して外国からのアクセスがある、などの事例が増えてくる であろう。 2.5 利用と著作の接近 電子図書においては、読んだものを引用し、自分の著作に取り込むことが比較的簡単である。ま た、自分で書いたものをネットワークにのせて、公開することも簡単である。したがって、在来の図 書にくらべて、読者(利用者)と著者の間の間が近いといえる。電子図書館は、このように「著作す る利用者」を支援することが、新しい仕事の一つとなるであろう。 3. 新しい電子図書館員像と電子図書館のサービス 新しい電子図書館は、これまでの図書館のように、基本的には自館の所蔵を来た人に利用させる組 織でなく、その館の利用者が世界中の電子図書に対してアクセスするのを助ける組織となろう。そこ で、どんなサービスが必要か? 電子図書館員は、どんな仕事をするのか? 3.1 環境とソフトの整備:ゲートウェイ・サービス 前節に述べたように、大量・多様化、分散、国際化する資料に対して、さまざまな利用者がアクセ スすることは、中央図書館に歩いていってそこの蔵書を読むよりも、必ずしも容易ではない。 現在インターネットでは、無料の資源が次々に公開されているが、これらがいつまでも無料である 保障はない。データベースの著作権が法的にも機構的にも確立してくるにつれ、アクセスに多少とも 課金されることが多くなろう。また、国際的出版社などが大きなデータベースを所有し、いま映画会 社が過去の映画を資産としているように、自社で過去に出版された図書を資産とし、これに対するア クセスに課金するようになろう。 そうなった場合、電子図書館は、これらの資料源との契約・アカウンティング・支払いのための組 織という一面が重要性を帯びてくる。公共(電子)図書館などでは、課金を利用者に直接転嫁するか どうかは大きい問題であるが、課金の大部分は1回あたり小額だろうから、正当な利用者の分につい ては、現在と同じように、予算をとって「まとめ払い」することが適当であろう。ただし、多額の利 用料が必要なもの、営業に利用するものなどは、利用者に転嫁することになろう。会社の資料室、大 学図書館など、利用者が限られている所では、現在も外部データベースにアクセスするサービスが行 われているが、これが何倍も大規模になるわけである(*3)。 ネットワーク、ハードウェア、ソフトウェアなどは、将来にわたって次々と進歩し、変化してい く。これに歩調をあわせ、環境を整備し、必要な装置やソフトウェアを備えることは、個々の利用 者には困難である。電子図書館は、利用者が自分のパソコンないしワークステーションから、ネット ワークを通じてアクセスして来た時、世界のさまざまな資料源を、最新の方法で利用できるように 「つなぎ」をつけてやることが必要である。この、「ゲートウェイ・サービス」が、電子図書館の主 たるサービスとなろう。 3.2 ネットワーク・リファレンス・サービス 資料の大量・多様化、分散、国際化した場合、利用者はこれらに対するアプローチに援助を要す ることが多くなる。また、資料がマルチメディア化にしたがい、使い方、活用のしかたにも助けが 必要になる。これらの援助を与える「ネットワーク・リファレンス・サービス」が、電子図書館員 のもっとも大切な仕事となろう。電子図書館の場合、在来の図書館とことなり、利用者は図書館 を訪れるのではなく、ネットワークを介して図書館員とやりとりをする。これは、電子メールなど の「バッチ的」なやり方でも可能であるが、電子図書館員と利用者がそれぞれ自分のパソコンない しワークステーションに向い、コンピュータに支援されながら共同で作業するという、いわゆる CSCW(Computer Supported Cooperative Work)(*4)のやり方が遥かに自然であり、効果的であるこ とを指摘したい。そして、そのために、CSCWツールの一つとして、「ネットワーク・リファレン ス・サービス・システム」を作ることを提案する。 たとえば、利用者はまず自分のパソコンないしワークステーションから、ネットワークで電子図書 館にアプローチし、電子メールなどによって電子図書館員の時間を予約する。予約された時間に、利 用者と電子図書館員は、それぞれ自分の机の上のパソコンないしワークステーションで、この館の 「ネットワーク・リファレンス・サービス・システム」を起動する。これは、CSCWツールの一種 であり、両者が共通の画面を見つつ、またお互いの声を聞き、必要ならば顔をビデオ画面で見ながら 話し合い、共通のウィンドウに文字や絵を書き込み、辞書や事典など共通のリファレンス・ツールを 呼び出しながら仕事を進めることができる。 講演では、現在市販されているCSCWソフトウェアを使い、ここで提案する「ネットワーク・リ ファレンス・サービス・システム」の機能の一部を示す予定である。現在ではまだネットワーク・ ハードウェア・ソフトウェアの性能が十分でなく、さまざまな問題があるが、近い将来、上のような ことは技術的には容易となろう。 さて、くわしく考えると、ネットワーク・リファレンス・サービスにも、下記のような種類があ る。これに応じて、「ネットワーク・リファレンス・サービス・システム」にも種々の機能が必要 となる。 3.2.1 情報源アプローチへの協力:ネットワーク・ナビゲーション・パイロッティング 多種多様な情報源へのアプローチは、それぞれにノウハウがあり、完全に自動化できないことも 多い。多くの情報源を自由自在に渡り歩き、求める情報のありそうな宝の山に案内する「ネットワー ク・ナビゲーション・パイロッティング」は、電子図書館員のサービスのうち最も貴重なものであろ う。また、情報源に入ってから、そこに利用者の求めるものがあるかどうか、さっと見当をつけ、な ければ他へうつるスピードが、プロフェッショナル電子図書館員の特色である。 このために、「ネットワーク・リファレンス・サービス・システム」には、多くの情報源にアクセ スし、これらの間を容易にナビゲートできる用意(種々のアクセス・ソフトウェア、情報源のアドレ ス帳など)が必要である。 3.2.2 検索への協力:コオペラティブ・サーチ 求める情報源にたどり着いても、大量の情報の中から求めるものを探すのは必ずしも楽でない。 情報探索に不慣れな利用者は、まず多くの場合、「求めるもの」がはっきり表現できないのが普通 であり、何度か探索を試みて、その結果を見ながら次第に自分の求めるものを明らかにしていく、試 行錯誤のプロセスが必要である。ここに、電子図書館員の協力があると、このプロセスがきわめて早 く、楽になる。 利用者の「求めるもの」が明確であり、情報源が特定できたとしても、各情報源はそれぞれ特色が あり、これから必要な情報を探し出すことが簡単とは限らない。在来の図書館では、見て歩く(ブラ ウジング)ことができ、その範囲も限られている。電子図書では、全体がどれだけあるかわからず、 一覧性に欠ける上、アプローチの仕方によっては十分に探せないことも多い。これには、前もってこ の情報源に慣れた電子図書館員のアドバイスが貴重である。 このためには電子図書館員は、利用者の望むものを知り、さまざまな情報源に対する利用者の反 応をリアルタイムで得ることが必要である。以前、これには検索端末の前にプロの検索者が座り、隣 に利用者を置いて、検索してはその結果を見せ、利用者の反応をたずねるのが最良の方法であった。 「ネットワーク・リファレンス・サービス・システム」を使えば、利用者と電子図書館員は、地理的 には離れていても、ビデオイメージによって利用者の表情を知り(*5)、共通の検索ウィンドウを動かし ながら、マウスカーソルで結果の各所をポイントし、これについてオーディオ結合を介して話し合い ながら(*6)、効率的に議論を進めることができる。このように、「ネットワーク・リファレンス・サー ビス・システム」には、ビデオ・オーディオ結合が必要である。 3.2.3 利用者の知識を生かす翻訳:コオペラティブ・トランスレーション 資料源が国際的になった場合、外国語の資料が増えてくる。電子図書館員の価値あるサービスの 一つは、画面上の結果を見ながらこれを翻訳・説明していくことであろう。その場合、たとえば専門 的なことについては、利用者の方が知識があるかもしれない。これを生かすには、CSCWソフトを 使った「ネットワーク・リファレンス・サービス・システム」上で、各種の言語辞書、用語辞典、自 動翻訳ソフトウェアなどを駆使しつつ、利用者と会話しながら両者協力して翻訳してゆくのが最良で ある。 3.2.4 オンライン・ツールの使い方指導と探索結果の説明 3.1節に述べた電子図書館の環境の中には、オンラインの用語辞書、百科事典などのツールが含ま れる。利用者が資料を得たとき、その中にわからないことがあれば、これらのオンライン・ツールを 活用して調べることができるが、その使い方そのものの指導は、人間がやるのが一番よい。このよう な場合、「ネットワーク・リファレンス・サービス・システム」の放送モードがあると便利だろう。 すなわち、教室での講義のように、ある日時をきめて電子図書館員がネットワーク上で説明し、複数 の利用者が、それに自分のパソコンないしワークステーションからアクセスして聴講するのである。 もっとも、辞書や百科事典ですべての問題が解決するわけではない。利用者の多様化につれて、た とえば地域住民の大学図書館利用や、非専門家の医学・薬学・環境科学・法学などの情報源へのアク セスが増えてきており、将来はもっと増加すると思われる。これらの探索結果を説明できるだけの専 門知識を持った電子図書館員がいれば、そのリファレンス・サービスは、電子図書館の貴重なサービ スとなろう。 3.3 ネットワーク読み聞かせ 現在、公共図書館などで、小さい子供を集めた「読み聞かせ」のサービスが行われているが、上で 提案した「ネットワーク・リファレンス・サービス・システム」を使えば、ある程度類似したネット ワーク上での「読み聞かせ」サービスが可能である。このようなサービスは、次のように、利用者と 利用目的が多様化してゆく電子図書館にとって必要な機能である。 3.3.1 子供の利用 子供への読み聞かせは、ヒューマン・コンタクトの存在、ことにいっしょに話をきく他の子供の存 在や、読み手とのアイ・コンタクトなどが大切と思われる。しかし、双方向のビデオおよびオーディ オ結合がある場合、ネットワーク上の「読み聞かせ」も、有効な場合があろう。 3.3.2 高齢者・障害者の利用 目のかすんだ高齢者の場合、自動読み上げソフトも有効であろうが、相手の反応を見ながら人間 が読み聞かせることはさらに有効である。これは、将来ともかわりがないと思われる。また、ある程 度痴呆が進んでいても、読んで聞かせれば理解でき、読書欲が刺激されることがある。これらは、図 書館サービスと福祉・医療サービスの組合わさったサービスとして、費用負担などの問題が解決すれ ば、電子図書館にとって将来重要になる可能性がある。 視覚障害者の場合、読み聞かせが有効なことは当然である。リファレンス・サービスから読書サー ビスまで、一貫したサービスが必要になる。この場合も、図書館サービスと福祉サービスの境界上に あるサービスであり、費用負担の問題を解決する必要があろう。 3.3.3 外国人の利用 国内居住の外国人へのサービスは、最近図書館界で話題になっているが、電子図書館では、国外か らのアクセスも増加する。種々の外国語に通じた電子図書館員は、たとえば、日本語で書かれた資料 を、その場で外国語に直して概要を説明し、相手がこれを本当に必要とするかどうかの判断を助ける など、貴重なサービスを提供できる。 3.4 情報創造・情報発信 前記のように、電子図書館では、利用者(読者)と情報発信者(著者)の間が接近してくる。電子 図書館は、こうして創造された情報を集め、これを外部に発信することが重要な役割となってこよ う。 現在、国際的にネットワーク上にある情報は無料公開されているものが多いが、有料化の動きがあ る。将来、無料の公的サービスであっても、相互に資料を提供できる相手ならば無料とする、あるい は資料交換に応じる相手とだけサービス契約を結ぶ、などの動きも予想される。ことに、いわゆる専 門図書館や大学図書館などは、電子図書館となった場合、同時に電子情報発信、電子図書出版のセン ターとなってゆくのが自然である。 外部に発信し、多数の人に見てもらえる情報は、自分で作り、自分で使うだけの情報とは品質がち がう。それは、自分のノートと出版された本が違うのと同じである。このためには、次のような2種 の役割をする電子図書館員が必要である。 3.4.1 編集者の役割 あるまとまった電子出版物を企画し、これに加わるメンバーを集め、全体の構成やスタイルの標準 を定める。さらに原稿の締切や校閲のプロセスを決め、他の校閲者がいなければ自分で校閲する。ス ペルチェッカーなどのプログラムや、オンライン辞書などを活用し、データに誤りがないか校正する 必要がある。数値データの場合はチェックプログラムが必要だし、ソースプログラムなどは実行によ りチェックしなければならない。他人の著作権やプライバシーの侵害などがないか確かめる必要もあ る。 今後、電子出版はますますマルチメディア化するであろうから、電子テキスト出版だけでなく、マ ルチメディア電子出版のための「オーサリング・ソフトウェア」が必要になろう。電子図書館員の少 なくとも一部は、これを使いこなす「マルチメディア電子図書編集者」になる必要がある。 3.4.2 エージェント・出版者の役割 上のようにして作られた電子出版物は、自館にデポジトリを作ってここに蓄積・公開するのが普通 であろう。もちろん、著者が公開を希望しない場合、あるいは内容が公開に値しない、あるいは公開 に不適切な場合は別である。 作成された出版物(電子図書)の一部は、自館のデポジトリに置いて公開するだけでなく、各所の 目録に登録し、宣伝する必要があるかもしれない。また、内容によっては他のデポジトリや、より流 通のよい公共ないし商用データベースに含めるよう、積極的に斡旋するのがよいかもしれない。この ように、自館で作られ、他の場所で流通している電子図書に関する問合せに答え、改版の記録を保管 することも重要である。また、これらの出版物の、不正なコピー、あるいは不正確なコピーが流通し ないよう、監視する必要もある。これらは、「電子図書出版者」ないし「電子図書エージェント」の 仕事といえよう。 4. 電子図書館運用上の注意点 4.1 利用者間、および館と利用者のコミュニケーション 在来の図書館では、地縁や同一組織につながる縁により、あるいは同一の場所(図書館)に集まる 縁によって、利用者間に自然に関係ができているので、特に利用者グループの形成を心掛けなくても よい。しかし電子図書館では、利用者間のコミュニケーションを促進し、利用者コミュニティを形成 することによって、電子図書館のアイデンティティを確立する必要があろう。 そのために、電子図書館は、いわゆるネットニュース(NetnewsないしBBS)を運用して利用者間 の情報および意見の交換を促進し、また電子図書館に対する質問・意見・苦情などを受け付ける のがよい。一方、館と個々の利用者の間の、非公開の情報交換・意見交換には、電子メールが適 している。これらの道具はごく普通のものであるが、これをつかうと、情報の流れや仕事のスピー ドに変化が生ずることに注意が必要である。 4.2 プライバシー・セキュリティー問題 地縁あるいは組織につながる比較的特定の利用者を、原則として対面サービスしていた在来の図書 館にくらべると、電子図書館では、利用者のプライバシーはもちろんのこと、電子図書館員のプライ バシー・セキュリティーにも留意する必要がある。 たとえば「ネットワーク・リファレンス・サービス・システム」で、オーディオ結合やビデオ結合 が提供されたとしても、一方がこれを望まない時に、どうするかが問題である。また、仮名あるいは 匿名でこれらのサービスを受けることを認めるか、図書館員側はどうか、などの問題がある。 もし仮名性ないし匿名性を重視するならば、たとえば仮装舞踏会のように変装したり、音声モジュ レーションによって声を変えたりすれば、オーディオ結合・ビデオ結合を保存しても、ある程度プラ イバシーやセキュリティーが保てる。現在の音声モジュレーションは不快な音となることが多いが、 より快い声に変え、声の表情を保存し、しかも個人認知につながる特徴を変える「高品質音声モジュ レーション」技術の開発が必要である。またビデオ画像については、さらに困難な技術であるが、 写っている人間の表情はわかるように、ただし個人認識につながる部分的特徴を人工的に変えること のできる「電子変装」が開発されることが望ましい。 また名前も、いわゆる「ハンドル名」などの仮名を使うことが必要かもしれない。ただし、実名に 対してハンドル名の使用が、かえって無責任あるいは反社会的行動を誘発するという見方もあり、こ れらの「匿名化」技術採用の得失は、今後十分な検討が必要である。 閉じた組織内ではお互い実名での個人的コンタクトを行ない、不特定多数ユーザと遠隔地の電子図 書館の間では、上述の「高品質音声モジュレーション」や「電子変装」などの技術でオーディオ・ビ デオ像を匿名化した「擬個人的コンタクト」を採用するのは、一つの方法であろう。 4.3 利用時間の多様化 利用者が多様化し、地理的にも分散すると、電子図書館の利用時間も多様化する。否、多様化し ないと、他のサービスとの競合に敗北するであろう。特に時差のある外国からのアクセスが増加す ると、利用時間分布が平らに近づく。さまざまな工夫によって、電子図書館のサービスは全体とし て24時間制に近くすべきである。 ゲートウェイサービス、あるいは自館所蔵資料の自力検索・利用など、電子図書館員の介入なく利 用できる場合(割合としてはこれが大部分であろう)はよいが、ネットワーク・リファレンス・サー ビスなど、少数の館員による個別サービスを受ける場合は、24時間というわけにはいくまい。電子 メールなどによってサービス時間を打合せ、予約することになろう。 ただし、館員がサービス毎に分担してシフト制をとれば、24時間サービスが実現する。これは、 特に一つの館に所属する館員でなくても、サービス毎に当番を定めて横断的に24時間サービスする こともできる。また、電子図書館員は、在宅勤務やサテライトオフィス勤務が容易な仕事である。時 差のある外国に在住する電子図書館員をもつ館は、自然に勤務時間帯をずらすことができる。もちろ ん、このためには、高品質・低コストのネットワークが、世界を覆っていることが前提条件である。 5. まとめ:電子図書館に求められるサービス 在来の図書館は、自館所蔵図書・資料のサービスが基本であり、ILL(Inter-Library Loan)などに よって他館所蔵のサービスを行うのは、むしろ例外である。これに対して電子図書館では、利用者 がおのおのの立場で、世界中の情報資源にアクセスすることを助けることが、そのサービスの中心 となる。自館所蔵かどうかにはこだわらず、利用者の立場に立った知のサービスを提供すべきなの である。 このようなサービスは、いつの時代でも貴重であるが、ことに情報の量と種類が増大する将来のネ ットワークでは、きわめて大切なものとなろう。 ここでは、将来マルチメディア電子図書と高速ネットワークが普及した時期を想定し、電子図書 館員によるどのようなサービスが可能か、また必要かを予想し、それをサポートする道具が、どのよ うな機能をもつべきかを考えた。これらのサービスの多くは、ここで提案された「ネットワーク・リ ファレンス・サービス・システム」とよぶCSCWツールを用いて実現されうる。また、これらの運 用にあたり、問題になりそうな点を考察した。 注: *1 電気通信審議会、「21世紀の知的社会への改革に向けて」(平成5年諮問第5号答申)} *2 山本 毅雄、「電子図書の将来と図書館」 第24回ドクメンテーション・シンポジウム特別講演(1994. 7、東京)、 「情報の科学と技術」 Vol.44, No. 11 掲載予定。 *3 これは必ずしも、現在の民間のデータベースサービスの多くのような、 高額の課金が一般化することを意味しない。利用が多ければ、単位課金は現在より減少しうる。 *4 IEEE Computer Society, Computer Vol. 27, No. 5 (May 1994) は CSCW特集である。 *5 利用者が許容する場合に限る。4.2 節参照。 *6 ことにマウスを多用している場合、普通の人なら、意見をタイプして文字で議論するより、 口で議論する方がはるかに能率的だし、疲れない。
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