ネットワークによる学術情報流通
                              橋爪宏達
                          学術情報センター
                      東京都文京区大塚3-29-1



                           あらすじ

ネットワークによる学術情報流通を考慮した場合、電子図書館の機能は単に
従来の図書館を置き換えるだけでなく、学協会の機能を代替できる可能性が
ある。これを考慮した学術情報流通の形態を提案する。



      Academic information distribution on communication 
                          networks

                     Hiromichi Hashizume
       National Center for Science Information Systems (NACSIS)
                3-29-1 Otsuka, Bunkyo-ku, Tokyo

   Tel: 03-3942-6960   Fax: 03-5395-7064   Email: has@nacsis.ac.jp


                            Abstract

Digiltal libraries, together with the enlarged network functions,can serve as future
academic societies: in this sense they can be more than automated libraries.  This
paper proposes a model of total academic information circulation model, considering
the digital library functions as academic societies.

                             keywords

    情報流通/information distribution   通信ネットワーク/communication network


学術情報流通と図書館

  従来の論文生産・流通の過程を分析すると、執筆、投稿、査読、編集という上流過程と、印刷、配
布、購読、分類、蓄積などの下流過程から成立することがわかる。これらは論文に限らず一般の商業
出版にも共通であるが、学会誌などの学術出版においては購読者(消費者)は多くの場合また執筆者
(生産者)を兼ねており、その意味で上流過程→下流過程は一方通行とはならず、検索というプロセ
スを経て再び上流過程にフィードバックされ、論文再生産のリングを形成するのが特徴的である。従
来の紙媒体の出版を基本とした場合、学術活動を支援する機構として、上流過程のためにはいわゆる
「学会」が存在し、また下流過程とフィードバック過程のために「図書館」が存在した。

... 図1 ...

DLの位置づけと可能性

ディジタルライブラリー(DL)の時代には一般に図書館の何が変化すると言われているか、考察
する。

1.出版が紙媒体から電子媒体に移行することにより、文字に加えて画像、音響など新しい素材による
  出版活動が可能となり、新しい情報形態の扱いに適したDLが出現する。 
2.情報の蓄積・検索を自動機械で実行できることから、従来にない圧倒的な物量を扱える図書館が出
  現する。
3.以上の操作をネットワークを介して遠隔地から行えることから、図書館の利用形態が動的に拡大さ
  れる。

  これまでDLについての利害得失の議論はほぼ上記に沿ったものだが、これは従来の学術情報流通
の過程と図書館の位置づけを踏襲し、単に取り扱う情報の種類の拡大と、処理方法が機械化されると
いう現象に着目したものである。しかしコンピュータの情報複製機能と、ネットワークの広範な情報
伝達機能に着目した場合、DLの可能性は、単に下流過程にとどまらず、従来学協会が果たしていた
上流過程を包含しうるものであることに気づく。

DLによる学会サービス

  グーテンベルク以来、個人の意見を広く一般へ普及する手段は一義的に紙媒体の出版であると考え
られていた。20世紀後半に及び、その手段に放送などが加わったものの、いまだに全体としては15世
紀以来のコンセプトが維持されている。 
  しかしインターネットの発展と普及の進度を考慮すると、むしろDLを一般的な学術情報流通の手
段と見なしてよいことがわかる。すると紙媒体の学術情報流通を全面的に電子的手段に置き換えて差
し支えないことになる。 
  今日、米国を中心に数10種のオンラインジャーナルが刊行されているが、これも前記仮説の傍証と
考えられる。しかしこれらは既存の学会活動、図書館活動の延長で構想されたものであり、これらの
学術団体の役割分担を一度白紙に戻した上で、真にネットワークに適合したオンラインジャーナル
を設計されたものはまだ存在しない。
  DLを従来の図書館に比擬するアナロジーは多く行われてきた。しかし本文で指摘するように、
ネットワーク通信機能を前提としたDLは、学協会とも比擬できる。その観点から、DLを中心とした
学協会活動、広い意味での新しい学術情報流通プロセスを展望する。

DLによる学術情報流通

  学協会の果たした役割は、大きく情報の選別(filteration)と配布(distribution)であった。これに
よる学術情報流通のプロセスをPlan Aとする。今日のオンラインジャーナルなどの活動も、
基本的にはこの手法によるものである。学協会と図書館という従来の学術団体の役割分担を保存しつ
つDLを実現する意味では、穏当な方式である。

--- 図2 ---

  一方、filterlationとdistributionを逆に配置するPlan Bもありうる。来た情報はまず受け付けて、それ
を選別することは後回しにしよう、という考えである。特許出願・審査がこれに沿ったものである。
図書館と学協会の位置づけを、情報流通過程の中で逆転することになり、導入に抵抗は大きいと予想
される。しかし、本質的に速報性に優れ、また学際的な流通などの利点も多い。DLを使用しないと
実現困難なものである、という点からも、DLの時代には一応考慮しておく価値のあるものと考え
る。

--- 図3 ---

新しい学術情報流通のために

  電子出版、なかんづくDLには、純技術的な課題に並行して、著作権問題に代表されるごとく、既
存の権益構造を、いかに新時代の商業構造に転換させるか、という課題が存在する。学術情報流通と
いえども例外ではなく、学協会、学術出版社、図書館にもビジネスの側面があることから、
DLの導入には一部に保守的な姿勢の存在することは避けられない。一部にオンラインジャーナルの
ような、DLの時代に向けての自主的な学協会の適応行動があるが、はたしてそれだけで「理想的」
な電子学術情報流通に移行できるか、疑問とする所以である。
  一方、学術情報流通が他の商業出版と異なるのは、その消費者(購読者)たる研究者は、生産者
(執筆者)を兼ねる、という点である。学協会や研究図書館は研究者の生産活動の利便のためにある
のであって、そのビジネスの側面は第一義的なものではない。DLのあり方を研究者の活動そのもの
から発想し、推進することこそ、DLを研究者間に定着させる唯一の方法である。また逆に、それ
は、商業出版も含めた将来の電子出版のビジネスモデルの一例となりうるものと考える。




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