電子図書館成立の条件
                               安達 淳 
                       学術情報センター研究開発部 
                           112 文京区大塚3-29-1 
   Tel: 03(3942)6959  Fax: 03(5395)7064  E-mail: adachi@nacsis.ac.jp  

                                要約 

  学術情報センターで1994年末から試行サービスしようとしている電子図書館シ
ステム NACSIS-ELSの紹介を行う。これは、従来の文献情報データベースに一
次情報の直接表示・出力機能を統合したものである。
  これに基づき、ネットワーク上における図書館的機能についての考察をする。
WWWやmosaicの集合体の作るものがディジタル図書館になるとは考えられず、
利用者の利便に何が必要かを論じる。


 

       Premises for Establishment of  an Electronic Library System  
 
                             Jun Adachi 
 
              NACSIS,  Research and Development Department 
            (National Center for Science Information Systems) 
               3-29-1 Otsuka, Bunkyo-ku, Tokyo, 112 Japan 
   Tel: 03(3942)6959  Fax: 03(5395)7064  E-mail: adachi@nacsis.ac.jp  

                               ABSTRACT 

NACSIS is planning to launch an electronic library service,
NACSIS-ELS, from the end of 1994. The overview of this new information
system is presented, which integrates conventional bibliographic
databases with direct display and printing capabilities of primary
information, i.e., pages of journal articles.

Based on this introduction, considerations on the functionality of
library on networks is discussed.  Requirements for the convenience of
users are described in anticipation that aggregate of WWW and MOSAIC
does not necessarily constitute a future digital library.



1 はじめに 

  本講演では、電子図書館ないしディジタル図書館というものがネットワークの上で成立
し、発展していく条件を考える際の材料を提供することが狙いである。この議論をするに
は、まず「電子図書館」がいかなるものであるかを定義すべきとの考えもあろうが、ここ
では、まだ確立もしていないシステムの定義をすることは避け、ぼんやりしたイメージを
もとに論を開始したい。すなわち、ネットワークの上で機能する従来の図書館的なサービ
ス機能に代替し得るものを漠然と念頭に置いて、以下の議論を進める。 



2 NACSISにおける電子図書館 

  学術情報センターでは、発足当初からの基幹サービスである目録システムを、現在全面
的にインターネットを基盤としたものに移行しようとしている。すでにそのためのソフト
ウェア開発を済ませ、クライアント側ソフトウエアXUIPが複数のベンダーから供給され次
第に普及する状況である。 
  これに歩調を合わせ、SINETにおけるIPバックボーンネットワークを高速化し、1994年夏
には ATM 交換機を導入、現在はこれらを 6Mbps で相互接続している。今後ともネットワー
クを高速化し、真に156Mbpsでバックボーンを作りたいという計画も持っている。 
  このような動きと並行して、「電子図書館システム NACSIS-ELS」の開発を行っており、1994
年中には試行サービスの実施を計画している。このシステムは、従来の学術情報の二次情
報データベース検索システムと画像形式で蓄積した一次情報(学術雑誌等のページの画像)
のネットワーク上での直接配布を行うものである。その概要は、
 
  -  学術雑誌や会議録を対象とする一次情報のデータベース化
  -  広域・高速ネットワークを前提
  -  document delivery service を包含
 
というもので、従来の学会との協力によるデータベース形成活動を発展させ、新たな統合
的学術情報サービスの実現を目指すものである。

[基本設計方針]  NACSIS-ELSは以下のような点を設計上の特徴としている。
 
  -  client-server 型のシステム構成
  -  IPによるネットワーク透明性
  -  ページの画像データベースを中核
  -  従来の二次情報データベース機能の包含
  -  アクセスプロトコルとしてANSI Z39.50を基本に拡張
  -  従来の冊子の感覚の保存
  -  deferred on-deman 入力
  -  学会との協力

[検索シナリオ 1] NACSIS-ELS の使い方の第一は、従来の二次情報検索の場合の延長であ
る。まず、(1) さまざまな文献データベースのキーワード検索と文献集合の論理演算、(2) 雑
誌名、巻、号など欲しい文献情報の特定、(3) 当該論文のページの表示・印刷、とプロセス
は進む。

[検索シナリオ 2] 次の使い方はもっと直接的である。通常の文献入手は、例えば「ある雑
誌の今月号」のように、二次情報検索をする前から分かっていることが多い。そこで、書誌
的な情報から直接ページを呼び出すことができる。また、雑誌の目次から当該ページを呼
び出すような使い方もできる。 
 
[1994年度の計画] 本年度は試行を目指して、次のような作業計画を立てている。
 
  -  サーバ計算機の導入
  -  複数のclientインタフェースの用意(さらに、RighitPages風のイン
     タフェース開発を行っている)
  -  情報処理学会、電気学会の文献のデータベース化。(さらに、他の学会の文献も入
     力する計画あり)
  -  1994年11月末から試行を開始。
  -  ネットワークで一部155MbpsのATMを使用し、実験。
 
1995年度以降は、さらにシステムやデータベースの整備拡充を行う他、さまざまな調整、
具体的には利用課金の方針の策定が中心であるが、試行から実サービスへ向けての運用体
制の拡充を行っていきたいと考えている。 



3 インターネット上の情報サービス 

  Gopher、WWW、WAISなどの情報サービスを提供するサイトが増えていくことは確実で
ある。しかし、これらの総体の延長上に浮かんでくるネットワークに、将来の電子図書館の
実現形を重ねて見ることには無理があろう。  
  実際のところ、このようなサービスの統制のとれない増殖が続くと、利用者はある種無
政府的な情報の洪水の中に置かれることになる。そこため、かえって情報を入手しようと
する際の利用者のフラストレーションは大きくなるのではないかと心配される。
  以下では、これらインターネット上の情報サービスの総体の作るものと「電子図書館」の
実現は、独立したものであるとの前提の上で議論を進めたい。 



4 情報入手のプロセス  

  利用者が従来型の図書館で入手したいと考えているものを「情報」と呼ぶことにする。
  まず、この情報が特定されている場合を考える。例えば、論文の末尾の参考文献欄で必要
な文献が分かっている場合である。ネットワーク上では、mosaicで出てくるURL (Universal
Resource Locator)が判明している場合に該当する。この場合には、図書館のいわゆる「参考
業務」的機能は不要である。図書館の書棚や本屋に直接出向けばよい。ネットワークでは
URLに従って当該情報にアクセスすればよい。 
  問題は、この情報が特定できない場合である。すなわち、「何を欲しいのかがはっきりし
ない」場合である。この時、利用者は「情報との出合い」を求めている。一般に、図書館を
訪れたり、神保町をうろついたりして、この欲求を満足させている。 
  さて、サービスを提供する側からは、図書館における参考業務に該当する機能が問題の
ように考えるかもしれないが、ここで注目したいのは、利用者の側から見た欲求の充足機
能である。利用者はぼんやりとした対象をはっきりさせようとして、本棚を探し、うろう
ろと回り道をしながら次第に対象を絞っていくわけである。計算機上では、探索やナビゲー
ションによって次第にはっきりとさせつつ、対象を特定していくプロセスに対応する。そし
て、最終的に個別の「情報」にアクセスする。 
  もちろん、その際に図書館の提供するリファレンスサービスやサーチャを使うことはある
かも知れないが、全体の情報入手プロセスの一部にしか過ぎない。このようなプロセスをこ
なし、情報の海の中を巧みに泳いでいく利用者の技術は「知の技法」の一面であろう。
  従来型の図書館、書店、出版社を含む社会的環境は、経済、地理などさまざまな制約の元
でこの情報入手プロセスを容易にしようと工夫されいる。図書館がこのような機能を提供
するために具備すべき属性を調べてみる。 

[品揃え] 集積した情報には、ある程度のクリティカルマスが必要である。大きな書店の方
が本を探しやすいし、近所の図書館より国会図書館の方が情報を見つけるのには都合がい
いであろう。 

[品質] 量だけでは問題も生じる。蓄積された情報の質も問われる。特に、利用者の属する
コミュニティにより質の評価基準も異なる。これらに合わせて、さまざまな蓄積形態が考え
られる。大学図書館の役割はコニュニティを前提にしていると思われるし、学会も当然そう
である。
 
[分類・並べ方] 集めた情報を棚に並べる際に、さまざまにシャッフルし、並べ替えることを
したり、動的にこれをできるような機能を用意している。 



5 ネットワーク上での図書館的機能  

  上述の情報入手過程のレビューに基づき、ここで主張したいのは「図書館的機能とは、不
明確な情報の入手プロセスを実現するためのメカニズムである」ということである。言い
換えれば、ネットワークに広がる情報の海の中から自分の欲しい(という気のする)情報だ
けのまとまった集合を動的に作り出す機能を実現するものが、電子図書館の一つの実現形
態であるということである。 
  従って、ネットワークの上でこの機能を実現する技法の要点を検討する。古典的な図書館
や「サーチャ」を使ったアプローチとの最大の相違は、「アクティブ」であることである。
利用者の側から積極的にネットワークに働きかけていかないと、情報の洪水にのまれてしま
うわけで、なるべくフラストレーションが溜らないような形で情報の探索ができることが
ポイントであろう。 

[品揃え] サイト毎に分かれた情報サービスでは不十分。ちょうど出版社毎にまとめて書棚
を作っているようなものである。ある大きさの情報を集める必要がある。物理的な距離を
見えなくするネットワークの上で、サイトという物理的な制約が情報検索のナビゲーション
を制約している現状は滑稽である。

[品質] 利用者の属するコミュニティの持つ属性に従う品質を保つメカニズムが必要であろ
う。
 
[分類・並べ方] 二次情報検索では、キーワードによる論理演算機能による検索機能が用意
されている。さらに他の分類・集合生成機能が実現できないか? 主題別のある程度のクラス
タリング機能などが望まれる。



6 実現形態の素案 

  ネットワーク上で情報入手過程を実現するメカニズムは一種のゲートウェー機能の発展
形として考えることができよう。情報を保持するサイトはネットワーク上に多数存在する
一方で、利用者は個々のサイトに直接アクセスするのではなく、媒介的な役割を担うゲート
ウェーの助けを受けて、情報の絞り込みを行う。
  なお、以上の議論の中で著作権などの権利関係および経済的な問題については触れなかっ
た。ここでは、URLによって特定される情報アクセスの際にこの種の問題が発生し、今まで
の議論の対象である図書館的機能に関しては、ネットワークの上でもこの問題を捨ててし
まうことが可能であると整理してみたい。したがって、「図書館的機能」は料金の面からも
独立して議論すればいいという枠組を作ることができる。 
  以上に述べた試論の枠組の妥当性、ネットワーク上での情報サービスの機能的な発展の
方向性などを議論していただき、これからの我々のシステム開発のコンセプトの強化に役
立てたいと考えている。



to Contents
compiled by itaru@ulis.ac.jp